七情万化(1)


―おかしい。
僕が彼女の変化に気が付いたのは、目の前の男が口を開くより前のことだった。

「おう、武市に以蔵。偶然じゃの」
「『偶然』じゃない。今までどこに行っていたんだ」
「それは秘密じゃ。のう小娘さん」
「は、はい…」

昼餉を終えてから、誰にも行き先を告げることなく姿を消していた龍馬。しかも、僕がずっと探していた小娘さんを連れて。

「出掛けるのは勝手だが、一言ぐらいあっても良いだろう?」
「あっあの、武市さん、違うんです」
「何が違うんだい?」
「その…私が皆に内緒で出掛けたいってお願いしたんです。だから、龍馬さんを叱らないで下さい…」
「……!」

―龍馬を庇っているのか。
彼女のことなら十分考えられる。だが、この苛立ちは一体何だ。

「そういうことじゃ。そんなに目くじらを立てるな。さぁ小娘さん、行こうかの」
「はい、お二人ともお気を付けて。いってらっしゃい」

優しい彼女のいつもと変わらぬ台詞。
そう、声だけ聞けば。

「先生、そろそろ…」
「分かっている」

遠退いていく足音が酷く耳障りに感じる。その理由を考えれば考えるほど、この場から離れがたかった。

柔らかな笑みを浮かべていた小娘さん。
龍馬を見る彼女は、その頬を桃色に上気させていた。


小娘さんのことは一時的に面倒を見ているだけだ。
いずれ里に帰さねばならないものの、彼女が誰を好きになろうと僕には関係ない。だが―小娘さんは龍馬のことが好きなのだろうか。

「おい、武市。聞いてんのか!」
「…何です、高杉さん」
「だから、どうして小娘を連れて来なかったんだと聞いてるんだ!」

「小五郎、話が違うぞ!」と喚きながら、高杉さんが桂さんに詰め寄る。それを宥める桂さんは、僕らに向き直ると苦笑いを溢した。

「すまないね。晋作が小娘さんに会いに行くと言って聞かないものだから」
「それの何が悪い!嫁に会いに行くぐらい何ともないだろう!」
「小娘さんは貴方の嫁ではありません」

何度となく繰り返された会話。
一歩も譲ることのない彼の強引さは、時折些か羨ましくもある。

「だが、お前の嫁でもない。そうだろう?武市」
「………」
「小娘もどうしてお前みたいな堅物を頼ったんだろうなぁ。俺のところに来ればもっと大切にしてやるのに」
「…どういう意味ですか」

何を言われても、黙って遣り過ごそうと思っていた。
余計なことで争う暇など、僕らには一秒足りともないのだ。けれども、その思いとは裏腹に、苛立ちを隠せぬ自分の言葉が口を吐く。

「僕が小娘さんをないがしろにしているとでも?」
「ああ。でなきゃ、どうして小娘がわざわざ坂本を頼る必要がある」

この男は一体何を言っているのか。
嫌な想像が頭を過ったとき、最も聞きたくない言葉が耳を突いた。

「小五郎さえ邪魔しなければ、みすみす二人だけにしておかなかったものを。俺を差し置いて、坂本の奴小娘と逢い引きなんかしやがって!」

『―私が皆に内緒で出掛けたいってお願いしたんです―』

「…失礼する」
「せ、先生…!」

桂さんと以蔵の声が聞こえたような気がしたが、それにも構わずに僕の足は寺田屋へと動いていた。

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