迷霧(1)
青々とした草木が色を変え、うす寒い初風が新たな季節を告げる。
だけど、今の私を取り巻く雰囲気は、まるで冬のように冷やかだった。
「…何をしているんです」
「見ればわかるだろう。不粋なことを聞くな」
私を膝の上に乗せ、一笑した高杉さんは更に腕の力を強める。後ろから抱き締められている私の身体は、抜け出すことは疎(おろ)か、動かすこともままならなかった。
(武市さん…怒ってる…?)
会合が終わるのを待つ間、お庭を散歩していたところを高杉さんに見つけられてから、もう随分経った気がする。
少し離れた場所に開いたままになっている携帯は、聞き慣れたゲームのBGMを延々と流していた。
「貴方は厠に行くと言っていたはずでは?それがなぜ、小娘さんといるんですか」
「ああ、あれは口実だ」
けろりと答えた高杉さんは、悪怯(わるび)れる様子もなく高笑いを上げる。
「俺がいなくとも、小五郎が話を纏めるだろう?ならば、小娘と遊んでいた方が良いと思ってな!」
「小娘さんは貴方の遊び道具ではありません」
つかつかと歩み寄った武市さんは、高杉さんから引き離した私をぐいっと胸許に押し当てる。その瞬間、彼の匂いがふわりと漂い、とくんと心臓がときめいた。
「おいっ!勝手なことをするな!」
「それはこちらの台詞です。小娘さん、もう少し良い子で待っていなさい」
「…はい」
険しい顔から一転、穏やかな笑みを浮かべた武市さんは、くしゃくしゃになってしまった私の髪を優しく撫でる。その心地好さに思わず顔を綻ばせると、大きな溜息が高杉さんから漏れた。
「武市、いつから小娘はお前のものになったんだ?」
思いも寄らない高杉さんの問いに、私の身体はぼっと火が点いたように熱くなる。だけど、武市さんの口調は相変わらず冷静なままだった。
「貴方には関係のないことです」
分かっていた答えだとしても、心が急速に冷えていく。そのとき、反対側からまた溜息が聞こえてきた。
「探したぞ、晋作」
「げっ!小五郎!!」
「お前が突然いなくなったから話が進まないじゃないか。頭が不在では私が困る」
「仕方ねぇな」と渋々立ち上がった高杉さんを横目に、桂さんは私ににこりと微笑み掛ける。
「小娘さん、これから茶の用意をするんだが手伝って貰えるかな」
「桂さん、茶箱はどちらでしょうか」
「ああ、それなら右上の棚だ。私が取ろう」
桂さんから茶葉の入った木箱を受け取り、私は人数分の湯呑みを並べる。そうしているうちにも、頭に思い浮かぶのはあの人のことだった。
私は武市さんが好き。
だけど、彼の気持ちは分からない。
頭を撫でてくれたり抱き締められたりすることはあるけれど、好きだと言われたことは一度もない。
(武市さんは私のこと…どう思ってるのかな…)
「…小娘さん?」
桂さんの声に我に返ると、お茶が湯呑みから溢れそうになっている。しかも、よりによってそれは桂さんが使っている湯呑みだった。
「す、すみません、ちょっと考え事をしてて…。淹れ直しますね」
「いや、私は別に構わないよ」
「小娘さんが淹れてくれるお茶はおいしいからね」と言いながら、桂さんはお盆にお茶菓子を載せていく。どんなときも優しい彼を見ていると、もしお兄ちゃんがいたらこんな感じかなと時々考えてしまう。
「ところで小娘さん」
「はい」
「君は、武市君と恋仲なのかな」