clap1(4/28〜7/7)
春を知らせた花木が緑に変わり、藩邸の庭に影を落とす。
今日は数日ぶりにそんな良い天気なのに、私は朝からずっと落ち着かなかった。
「このままじゃ、遅刻しちゃう…」
もう何度通ったかわからない庭の端に座り込み、私は独り言を溢した。
確かに昨日、私はあの場所にそれを置いて部屋に戻った。なのに、今日になったらそれは突然姿を消してしまった。
「どこにいっちゃったの…?」
「何か探し物かい?」
突然後ろから聞こえた声にぎくっとしながら振り向くと、菫色の裾が目に留まる。そのまま視線を上げた先にいたのは、薄笑みを浮かべて私を見る桂さんだった。
「あっ…桂さっ…」
「おっと」
急に立とうとしたせいか、足許がふらついてよろけそうになる。だけど、咄嗟に腰に回った左手のおかげで、私は転ばずに立つことが出来た。
「ご、ごめんなさい。ありがとうございます」
「気にすることはないよ。それよりも、待ち合わせは良いのかい?」
桂さんがそう言い終えた途端、重厚な鐘の音が耳に入ってくる。それにはっとした私は、慌ててその音に耳を澄ました。
『―待ち合わせは、昼八つにしよう』
鐘が鳴り止むのと同時に、私の頭にあの人の声が響く。その瞬間、私の血の気は一気に引いていった。
「も、もう行かなくちゃ!桂さん、さっきは手伝ってくれてありがとうございました」
「ああ、大したことはしていないよ。気を付けて行っておいで」
彼に軽く頭を下げ、藩邸に戻った私は厨に置いていた風呂敷包みを手に取った。
そして、悩んだ挙句真新しいそれを差し履き、あの神社へと急いだ。
「―武市さん!」
息も切れ切れな私の声に、青空に目を呉れていた彼の視線がゆっくりと移動する。その優しい顔に自然と自分の頬も緩み、私は慌てて彼に駆け寄った。
「遅くなっちゃってごめんなさい。随分お待ちになりましたか?」
「いや、そんなことはないよ」
そう言って目を細める彼に、私は嬉しさを隠せなかった。久しぶりに会えた大好きな人はやっぱり優しくて、それは私のこの想いを更に強めた。
「……」
だけど、暫くすると武市さんはその柔らかい表情を曇らせ、何かを考え込むような顔付きになった。不思議に思いながらも、私がその顔から目を逸らせずにいると、またふっとその唇の端が上がった。
「…それじゃ、行こうか」
「あ、はい!」
大きな手に指を絡ませ、きゅっと握り締めると、彼の手にも力が籠る。それは、離れていた私達の時間を埋めるのに十分なように思えた。
(こうやって手を繋ぐなんて、何日ぶりだろう?)
武市さんの背中を見ながら、そんな気持ちに浸っていた矢先、ふと彼が立ち止まる。それに合わせ私も足を止めると、見慣れた建物が目に入ってきた。
(あれ?どうしてここに…)