恋風3(中編)


「さ、小娘ちゃん。どうぞ食べとおせ」
「ありがとうございます。いただきます」

あれから二日後、龍馬さんに富子さんの宿屋を聞いた私は、彼女の許を訪れた。
本当はハンカチを返したらすぐに帰るつもりだったのだけれど、彼女の申し出を断ることが出来なかった。

「ここの店のお菓子はこじゃんとおいしいんぜよ。あしも最近見つけたがやき」

茶店に誘われ、すぐに断る理由を思い付かなかった私は、結局彼女とお店に来てしまった。
案内してくれたお店は綺麗な京菓子が評判で、富子さんもおいしそうにそれを口に運んでいる。私も一切れ口に入れてみるけれど、この状況じゃ味なんてわからなかった。

「あの、富子さん…」
「はい、何なが?」

私は勇気を出して、お菓子を食べ終えた彼女に切り出した。

「富子さんには…旦那さんやお子さんはいらっしゃるんですか?」

この時代に「結婚」という言葉が通じるのか分からず、ついストレートな言い方になってしまう。すると彼女は、ふふっと口許を緩めた。

「あしはまだ独り身なんぜよ。忘れられん人がいてね」

最後の言葉に、心臓がどくんと高鳴る。私はそれを鎮めるように、熱いお茶を喉に流し込んだ。
そんな私に気付かない富子さんは、更に話を続ける。

「あの時は一緒になれやせんやったけど…その人もまだ独り身じゃったがやか」

嬉しそうに顔を綻ばせる富子さんを見て、胸が張り裂けそうになる。私はからからになった喉を潤すと、空になった湯飲みをぎゅっと握った。

「私…仕事があったのを思い出しました。今日はこれで失礼します」

私は腰掛けから立ち上がり彼女に一礼すると、足早に茶店を出た。けれど寺田屋に向かう途中、堪えていたものが溢れそうになり、私は路地の影にしゃがみこんでしまった。

(半平太さん…)

堰を切ったように流れ出した涙が、止めどなく頬を濡らしていく。あの日、彼の隊服から香った彼女の匂いとさっきの笑顔が私の心に焼き付いて離れなかった。

「気分でも悪いのか?」

突然肩を掴まれ、びくっとして後ろを向くと、薄笑いを浮かべた二人の男が私を見下ろしていた。急いで涙を拭い、立ち上がろうとするけれど、男は私の腕をがっしり掴んだまま離さなかった。

「やっ…何でもないです。離して下さい!」
「つれないなあ。俺達が慰めてやるからさ」

抵抗するも強い力で引っ張られ、私は暗がりに連れて行かれそうになる。

「嫌っ!半平太さ…」

咄嗟に彼の名前を呼び掛けた時、男の動きが急に止まった。私は戸惑いながら視線を上げると、その喉元には鋭く光る切っ先が突き付けられていた。

「俺の女に手を出すとは、よっぽど早死にしてえみたいだな」

かたかたと震え出した男は、手を離すと逃げるように走り去っていく。
一方、腰が抜けそうになった私は、彼に抱え込まれた状態になっていた。

「お前…泣いていたのか?」
「あ、あの、目にごみが入っちゃって…っ!」

目許を擦りながらそう言うと、彼は私の手を引いて歩き始めてしまう。
私は何も話さない彼に不安を覚えながら、その横顔を見つめることしか出来なかった。


「た、高杉さん…!」

連れて来られた長州藩邸の一室で、私は彼に抱き締められ身動きが出来なくなっていた。おろおろしながら何度名前を呼んでみても、高杉さんの耳には入っていないようだった。

「助けてくれてありがとうございます。もう大丈夫…」
「……か?」

ぽつりと溢した高杉さんの声は、とても小さくてすぐには聞き取れなかった。思わず彼を見ると、その顔には悲痛な色が浮かんでいた。

「お前が泣いていたのは、武市のせいか?」
「え…?」
「どうしてあいつなんだ…?俺なら、小娘を泣かせたりしない」

その言葉に答えられずにいると、高杉さんはまた痛いくらいに私を抱き締める。
私は力強いその手を押し返せないまま、彼の温かさに身を委ねていた。

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