恋風3(前編)
きらきらと光り輝くイエローゴールドの指輪は、目を奪われてしまうほど綺麗だった。手の平に乗せたその美しさに見蕩れていると、高杉さんは嬉しそうな顔で指輪を摘み上げた。
「小娘に似合うと思ってな。大きさもお前の薬指にぴったりだと思うぞ!」
隣に座った高杉さんは、そっと私の左指に手を添える。
けれど、その瞬間現実に戻った私は、慌てて両手を背中に隠した。
「だ、だめです!それは貰えません!」
つい大きな声を出してしまった私は、少し後退りしてしまう。そんな私を見た彼は、目を瞬かせると悲しげに顔を曇らせた。
「…気に入らなかったか?」
「いえ、違うんです。そうじゃなくて…」
私は前に戻した両手を膝の上に置き、高杉さんの隣に正座した。
「高杉さん、指輪って付ける指ごとに意味があるんですよ」
「そうなのか?そんなのは初めて聞いたぞ!」
興味深そうに迫ってくる彼に、私は記憶の糸を手繰りながら説明を始めた。そしていよいよ左手の薬指の番が来ると、私は今更ながら何て言ったら良いのか少し考えてしまう。
「それで、その指はどんな意味なんだ?」
「はい、あの…薬指は…愛の証です…」
私は小声で答え、目線を膝の上に落とす。きっと高杉さんならすぐに何かしらの反応をしてくれる。そう思っていたけれど、その期待が叶うことはなかった。
暫く沈黙が続いていると、私の左手に彼の手が重なる。びっくりして顔を上げると、切なそうな表情で私を見る高杉さんがいた。
「…だから、か」
「え?」
今まで見たことがないその顔から視線を逸らせずにいると、重なった手にどんどん力が籠っていく。私達の間には、さっきとはまた違った沈黙が流れた。
(高杉さん、どうしちゃったの…?)
握り締められた手に痛みを感じ始め口を開こうとすると、私より先に冷ややかな声が響いた。
「…高杉さん、小娘の手を離して頂けますか」
振り向けば、半平太さんが鋭い眼差しを高杉さんに向けていた。私がもう一度正面に視線を戻すと、高杉さんは不敵そうな笑みで半平太さんを見返している。
「何だ。とんだ邪魔が入ったな」
彼は私から手を外すと、億劫そうに立ち上がる。そして私の頭をくしゃくしゃと撫で回すと、またなと言って無邪気な笑顔を見せた。
「あの…半平太さん」
私は手櫛で髪を整え、彼に声を掛けた。けれど、こちらを見る半平太さんの表情は、どことなく冷たく見えた。
「小娘も部屋に入っていなさい」
「…は…い」
有無を言わせないその言葉に、私は頷くことしか出来なかった。
くっきりと白い月が浮かび上がった頃、漸くお仕事が終わり、私達は帰路に着いた。けれど、あの後も半平太さんは何となく素っ気なくて、私の心はずっと晴れずにいた。
(高杉さんと二人きりになっちゃったこと…やっぱり怒ってるのかな…?)
そんなことを思いながら玄関に上がると、誰かがこちらに走り寄って来る。
「おお、帰ったか。小娘さんも大変じゃったのう」
「龍馬さん」
「…武市。おんしに客が来ちゅうが」
半平太さんにそう告げた龍馬さんは、少し気まずそうな表情を浮かべていた。
「客?こんな遅くに誰だ」
「…島村富子さんじゃ」
その名前を聞いた途端、半平太さんの表情が強張ったのが分かった。その顔付きは、私に何となく不吉な予感を抱かせた。
「分かった。…小娘は、先に自分の部屋に行っていなさい」
そう言うと、私の顔を見ずに半平太さんは広間へ足を向ける。私はその姿を黙って見送り、まだ苦い顔をしている彼に尋ねた。
「龍馬さん…。島村さんってどなたですか…?」
「そ、それは…、」
言い淀む彼に、不安が募っていく。
すると暫くして、龍馬さんは重々しく口を開いた。
「富子さんは、わしらと同じ土佐の郷士の娘さんじゃ。武市とは…その…昔縁談したことがあってのう」
それは、今まで考えたことはあっても、最も聞きたくなかった話だった。
私は目の前が真っ暗になるのを感じながら、暫くその場に立ち竦んでいた。