恋風2(前編)


「わざわざ来て貰ってすまないね。小娘さんもいらっしゃい」
「こんにちは、桂さん」

半平太さんに連れられて着いた先は、長州藩邸だった。
次のお仕事がある以蔵と別れ、門を潜ると、桂さんが笑顔で迎えてくれる。いつもは賑やかなこの場所だけれど、不思議と今日は火が消えたように静かだ。

「あの、高杉さんはお仕事なんですか?」
「いや…晋作は例の如く遊びに出掛けてしまってね。すぐに戻ると言っていたんだが…」

困ったように眉を下げる桂さんに、つい私は微苦笑を浮かべてしまう。
肝心の高杉さんがいないのでは、きっと半平太さんも同じ表情に違いない。そう思いながら彼を見上げると、私の予想に反して半平太さんの目許は心なしか綻んでいた。

「桂さん、小娘を休ませたいのですが、部屋をひとつお借り出来ますか」
「ああ、勿論。いつもの部屋を使ってくれて構わないよ」

半平太さんは私の手を取ると、慣れた足取りで廊下を進んでいく。私は何故か笑顔を溢す彼に首を傾げながら、その背中を見つめていた。


「終わったらすぐに戻るから、良い子で待っているんだよ」

二人きりになると、半平太さんは私の頭をふんわり撫でる。その表情は、やはりどこか上機嫌に見えた。

「半平太さん、何か良いことがあったんですか?」
「ん?どうしてだい?」

私は半平太さんに擦り寄り、その顔を覗き込んだ。

「だって、さっきからずっと笑顔ですよ?」

私の言葉に一瞬きょとんとした彼は、またすぐに表情を和らげる。半平太さんは私の髪を軽く梳くと、意味ありげに答えた。

「…高杉さんは、まだ小娘のことを諦めていないようだからね」
「…?」

それと彼の笑顔がどう結びつくのかよく分からずにいると、半平太さんは困惑した表情を見せた。

「君も、もっと自覚してくれたら良いんだけどね」
「自覚、ですか?」

ますます混乱してきた私は、腕組みをしながら小首を捻る。けれど、いくら考えてもやっぱり答えは出てこない。

すると、ふっとおでこに何かがこつんと当たる。視線を上げると、半平太さんと私の額がぴったりとくっついていた。

「小娘は僕の物っていう、自覚」

固まる私に片笑みを残して、彼は障子を閉ざす。半平太さんが部屋を出て暫く経っても、私の頭は彼の言葉に支配されたままだった。


「それにしても、本当に良い天気だなぁ」独り言を溢した私は、ぽかぽかと暖かい縁側に腰掛け、小さく伸びをした。空を見上げ、ゆっくりと流れる雲を見ていると、徐々に瞼が重くなってくる。

(お仕事、早く終わらないかな…)

こてんと横になった私は、瞳を閉じ、半平太さんの姿を思い浮かべる。そしてそのまま眠りに落ちそうになっていると、突然大きな振動が身体に伝わってきた。

「こんなところにいたのか!」

廊下に響き渡る声に瞼を開けると、しゃがみ込んで私をじっと見る顔と目が合った。

「高杉さん!」
「久し振りだな。やっと俺に会いに来たか!」

高杉さんは起き上がった私の両肩を掴み、ゆさゆさとゆり動かす。私は彼のペースに巻き込まれながら、必死に弁明を始めた。

「ち、違います!今日は半平太さんのお仕事でついてきたんです!」

その答えを聞くや否や、彼の手がぴたりと止まる。
恐る恐る視線を上に向けると、高杉さんは気落ちしたような表情で押し黙ってしまった。

「えっと、高杉さん?」
「そうか…武市と来たのか…」

見るからに悄気てしまった彼に声を掛けられずにいると、高杉さんは瞬時にまた笑みを作った。

「まぁ、そんなことはどうでも良い。それより、今日はお前に土産だ!」

高杉さんは、隊服のポケットから取り出した袋を私に差し出す。
そこに入っていたのは、細やかな彫り込みがされた指輪だった。

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