clap(1/11〜2/13)


まるで穢れたこの身を縛(いまし)めるように降り注ぐ朝日影は、俺にとって眩し過ぎる存在だった。
それなのに何故だろう。
あいつが現れてからと言うもの、不思議とこの淡い光が嫌ではない。

「あ、おはよ、以蔵君」
「…ああ」

起き抜けの頭を抱えながら広間に着くと、屈託無い笑顔を向ける慎太と目が合う。
軽く挨拶を交わした俺は、その顔から視線を外し、さりげなく部屋の中を見渡してみる。
けれども、そこに思い描いていた人物の姿はなかった。

「姉さんならまだ寝てるよ。昨日は遅くまで起きていたみたいだから」

思い掛けず気持ちを言い当てられたことにどきりとし、一瞬硬直しそうになる。
そんなことを知ってか知らでか、慎太は少し笑いを堪えるような表情で俺を眺めていた。

「そろそろ朝餉だから、起こしてきてあげなよ」
「ばっ…!どうして俺が!お前が行けば良いだろう!」

そう言うと、慎太は不機嫌そうに手荷物を持ち上げた。

「俺はこれから大久保さんの所に行かなくちゃいけないんだよ。そうじゃなきゃ、以蔵君に頼む訳がないだろう?」
「…。それはどういう…」

俺の言葉を最後まで聞かぬまま、慎太は無言で横を通り過ぎて行く。
結局、ひとり広間に取り残された俺は、渋々廊下を歩き始めた。

(慎太の奴…何であんなに言葉に刺があったんだ…?)

いや、慎太だけじゃない。
近頃じゃ龍馬や大久保さん、それに長州藩の面々ですらあいつに関わることとなるとそわそわしい。
…しかしそれは、俺の敬慕するあの人が一番と言っても良かった。

(全く…あんな小娘の一挙一動に振り回されるなど、先生らしくも無い!)

そんなもやもやとした気持ちを抱きながら、俺はあいつの部屋の前で足を止めた。

「…おい。起きてるのか」

隣が武市先生のお部屋ということもあり、俺は控え目に声を掛けた。
だが、暫く待ってみても、返事どころか部屋からは何の音も聞こえてこない。

「開けるぞ」

痺れを切らし、襖を開けると、そこには綺麗に敷かれた布団があるだけだった。
その光景に不安を覚えた俺が布団に手を置くと、ひやりとする感触が伝わってきた。

「…っ…一体どこに…!」

気が付けば俺は、頭を過ぎる最悪な展開に波打つ鼓動を抑え切れず、その場に座り込んでいた。
早く探しに行かなくてはならないことはわかっているが、思うように身体が動かない。
そんなばらばらになった心と身体を抱えていると、隣の部屋から溜息混じりの声が聞こえてきた。

「…彼女ならここだ」

凛としたあの人の声で我に返った俺は、そろそろと隣の襖に手を掛けた。
けれど、そこで俺が見た光景は、あまりにも信じ難いものだった。

「なっ…!」

すやすやと眠るあいつの顔を、微笑ましそうに見つめる先生。
だが俺が呆気に取られたのは、それだけではない。

「何故こいつが…その…武市先生の膝の上で眠っているんですか!」
「…大きな声を出すな。彼女が起きる」
「ですが…!」

尚も反論しようとする俺に、先生はあっけらかんと答える。

「こんなに気持ち良さそうに寝ているのに…起こしてしまったら可哀相だと思わないか?」

そう言って、武市先生は慈しむようにあいつの髪を撫で始める。
こんな穏やかな先生の姿を見たのは久方振りのことで、思わず俺はその様子に見入っていた。

「…ああ、そうだ。以蔵、少し彼女を見ていてくれないか」
「え、は、はい」

ゆっくりと座布団の上にあいつの頭を下ろし、武市先生は部屋を後にした。
閑散とした室内に響く呼吸音。
相変わらずぐっすりと眠るその様に、俺はほうと息を漏らした。

「…あまり心配させるな」
「……ん…」

無意識にその頬に触れると、驚くほどしっとりと柔らかい。
まるで餡餅のようなその肌に、俺は思い掛けず笑みを零した。

「…以蔵」

突然掛けられた声にはっとすると、入り口の柱にもたれ掛かるように武市先生が立っていた。
そして無表情で近寄るや否や、俺の手許に視線を注いだまま口を開いた。

「…お前は僕の愛弟子だが、」
「は、はい…」
「彼女は譲らんぞ」
「…!」

冷たい視線を投げる武市先生に、最早言い繕うことは不可能だった。

「ご、誤解です!俺はこいつのことなんて何とも思っていません!」
「…目は口ほどに物を言うとは、よく言ったものだな」
「…!失礼します!」

言葉に詰まってしまった俺は、逃げるように立ち上がり後ろ手に障子を閉めた。

(何を言われるのかと思えば…)

俺はあいつに特別な感情など抱いていない。
にも拘わらず、牽制とも思えるその言葉は、いつまでも俺の耳から離れなかった。

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