明けの春はあなたと(2)


「ええのよ。見ての通り、うちには旦那も子どももいてへんの。…さかいに、小娘ちゃんは娘みたいに思えてな」
「女将さん…」

そう言って、彼女は物思いに耽った様子で私を見つめていた。

(きっと思い出がたくさんある着物なんだろうな…)

そんなことを思っていると、少し低いあの人の声が廊下から聞こえてきた。

「女将さん、いますか」
「へぇ、お入りおくれやす」
「失礼します」

襖を引いて現れたのは武市さんだった。
彼は私の姿をじっと見ると、しきりに目を瞬かせていた。

「…小娘さんがいたのですか。それでは、また後で…」
「あっ…」

武市さんは一言も私に話し掛けることなく部屋を出ていってしまった。
それが何だか悲しくて、私は自分の足許を見ながら溜息をついた。

「やっぱり私…変でしょうか…」

そんなことを零すと、女将さんはくすくす笑いながら私の肩に手を置いた。

「小娘ちゃんがあんまり綺麗やったさかい、言葉がおへんどしたんでっしゃろ。気にしはることあらしまへん」
「…はい…」

女将さんはそう励ましてくれるけど、私の心はずっと晴れないままだった。


「―それにしても、小娘さんが打った蕎麦は格別じゃったのう!」

静まり返った京の街に、厳めしい鐘の音が響く。
新年を迎えた私達は、何時もの広間でお屠蘇を楽しんでいた。

「ああ、初めて打ったとは思えない出来だったな」
「全くです。姉さんの作る物はいつも絶品っス!」

龍馬さんに続いて、武市さんと慎ちゃんも褒めてくれる。
お世辞だと分かっていても、彼の言葉が嬉しくて私は笑みを抑え切れなかった。

「もう、皆褒めすぎですよ!私、お酒を貰って来ますね」

私は屠蘇器を持つと、少し赤くなった顔を隠しながら広間を出た。


「これで大丈夫かな…」

あの後、お屠蘇を飲み続けた皆はそのまま広間で眠ってしまった。
私は部屋から持って来たお布団をあの人に掛けると、無防備な寝顔を微笑ましく見つめた。

去年の夏までは、幕末にタイムスリップしちゃうなんて夢にも思わなかった。
だけど…そのお陰でこの人に巡り会えた。

(去年はいろんなことがあったなぁ…)

彼との大切な思い出が私の頭に自然と浮かび上がってくる。
今年はこの人ともっと一緒にいたい。
次第に薄れ行く意識の中で、そんなことを考えながら私は彼の隣で眠りについた。


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武市半平太→3ページ

中岡慎太郎→4ページ

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