雪夜の密事(2)
仕事を終え寺田屋に戻った頃には、辺りはすっかり夕闇に包まれていた。
「あっ武市さん、お出迎え出来なくてごめんなさいっ」
いつもの面々の騒がしい声が聞こえないことに首を傾げていると、ふらふらしながら料理と酒を運ぶ小娘と鉢合わせした。
瞬く間に笑顔になる彼女に釣られて、僕も思わず破顔する。
「こんなに持ったら危ないよ」
僕は彼女の持つ盆を取ろうと手を伸ばす。
だがその瞬間、何故か小娘は慌てて首を横に振った。
「あ、だ、大丈夫ですっ!それより今日は雪見酒をするそうで、皆さん縁側でお待ちですよ」
そう言って小娘は急ぎ足でその場を立ち去った。
彼女は着物で隠していたが、僕はその手が赤く腫れているのを見逃さなかった。
「―今日は楽しかったですね」
浴びるほど酒を呑んだ彼らは、夜半になりそれぞれ自室に戻って行った。
けれど、僕と小娘は縁側に腰掛けて、未だにちらつく雪を見つめていた。
「あの、武市さん」
「ん?」
「お見せしたい物があるんです…」
小娘は僕の着物の袂を掴み、ゆっくりと顔をこちらに向けた。
思い掛け無いその婀娜(あだ)な表情は、昨夜の甘い声を僕に思い起こさせた。
「少しだけ待ってて下さいね」
すっくと立ち上がった彼女は、足早に廊下を進んで行く。
その間に僕は昼中買い求めたあれを部屋から取って来ると、そっとそれを横に置いた。
これを渡した時の小娘の顔を想像するだけで、僕の心は満たされた気分になる。
「お待たせしました」
声がした方に視線を移すと、そこには蝋燭を持って微笑む小娘がいた。
彼女は手で火を守りながら庭に下りると、ある場所にそれを置いた。
「これは…雪灯篭かい?」
「はい。でも、あんまり上手く作れませんでした…」
縁側に座った小娘と僕は、並んで雪灯篭を眺める。
黒闇に浮かび上がる優しい火は、何とも幻想的な雰囲気を醸し出していた。
「私の時代では、クリスマスが近付くと街が色取り取りの光で華やぐんです。それで、この時代でも何か作れないかなと思って…」
そう話しながら、小娘は自分の手を気息で温めた。
僕は庭に下り彼女の前に屈むと、温もりを分け与えるようにその手を自分の頬にぴったりと付けた。
「た、武市さん…!」
狼狽える彼女を目で制止すると、その顔は急速に熱を帯びていく。
僕は温かくなった彼女の手を放し、足下へ視線を向けた。
「こんなに冷えて…。足も見せてごらん」
彼女の下駄と足袋を脱がせると、その足も赤く痛々しかった。
僕がその足を両手で包むと、小娘はびくっと身体を震わせた。
「くりすますは二十五日なんだろう?何故今日見せてくれたんだい?」
僕が疑問を口にすると、小娘は恥ずかしそうにもごもごと話し始めた。
「今夜は、クリスマス・イブと言って…大切な人と過ごす日なんです。私にとって大切な人は、武市さんだから…」
顔を背けながら話す小娘はこの上なく愛らしい。
僕は縁側に置いていたあれを取り出し、そっと彼女の前に差し出した。
「え…?武市さん…?」
「これは、僕からの贈り物」
不思議な面持ちで包みを開けた彼女は、それを見ると顔いっぱいに笑みをたたえた。
「武市さんっありがとうございます!とっても可愛いです」
小娘は裸足のまま雪下駄を履くと、降り頻る雪の中を嬉しそうに歩き回った。
まるで雪の精のようなその姿に、僕は後ろから彼女を抱き締めた。
「小娘…愛してるよ…」
二人だけで過ごした二十四日の夜。
それは、僕にとって忘れられないくりすますとなった。