片想い(3)
鍵を廻し、ドアを開ける。
いつもの単調な行為も、今日の僕には特別なもののように思えた。
「お、お邪魔します…」
玄関の脇にあるスイッチを押すと、廊下がぱっと明るくなった。
「ちょっと待っててくれる?」
「はい」
僕は洗面所からタオルを取り、玄関に戻った。
だが、玄関に佇む彼女の姿を見た瞬間、言葉を失った。
「武市さん…?」
なかなかタオルを渡さない僕に、彼女は不思議そうな顔をしている。
「あ、いや…。随分濡れてしまっているから、シャワーを浴びたらどうだい?」
「あ、ありがとうございます。それじゃ、お言葉に甘えて…」
彼女を洗面所に案内し、着替えとタオルを用意した僕は、リビングのソファに腰掛けた。
しかし、彼女を見た途端に始まった激しい動悸は、何分経っても鎮まりそうになかった。
(参ったな…)
彼女の身体にぴったりと張り付いたワンピース。
それによって、彼女の身体のラインが否応無しにわかってしまった。
(全く…何を考えているんだ)
窓を叩く雨の音に混じって、シャワーの水音が聞こえる。
気を紛らわそうとテレビをつけてみるが、内容は全く頭に入ってこなかった。
(今日は、シャワーの温度を下げるか…)
この熱は、冷水でも浴びない限り冷めそうになかった。
「―やっぱりここのお饅頭はおいしいですね」
夕食を終えた僕らは、彼女が買って来てくれた饅頭を食べていた。
「そう言えば、何故君は僕の好物を知っていたんだい?」
「そ、それは…武市さんは有名ですから…」
僕は、初めて会った時も彼女がそんなことを言っていたのを思い出した。
「…有名になるほど、何か仕出かしたかな」
「あっいえ、悪い意味じゃなくてっ…」
突然、彼女の歯切れが悪くなる。
「た、武市さんは仕事が出来る上にかっこいいって…皆言ってます。…私も、ずっと武市さんに憧れてました」
彼女の言葉に、身体が熱くなった。
そんなことなど知らない彼女は、はにかみながら僕を見つめていた。
(…そんな顔で見ないでくれ)
彼女の表情に、理性を抑えられなくなりそうだった。
「…そろそろ休もうか。僕は今日ここで寝るから、君はベッドを使うと良い」
「そ、そんなの駄目です!私はどこでも大丈夫ですから…」
「遠慮しなくて良いんだよ。どうせすぐに寝れそうにないんだ」
僕は鞄の中から書類を取り出し、ノートパソコンの電源を入れた。
「それじゃ、私も一緒に起きてます」
「君も明日仕事だろう?夜更かしは体に障るよ」
「でも、武市さんのお仕事を見ていたいんです。…駄目、ですか?」
切なそうに話す彼女に、僕は何も言うことが出来なくなってしまった。
「…眠くなったら、休むんだよ?」
「はい。わかりました」
僕が仕事を片付けていく様子を、彼女は黙って見ていた。
だが暫くして、肩に重みを感じた。
「…寝てしまったか」
僕は彼女をベッドに運び、部屋に戻ろうとした。
その時、彼女が目を覚ました。
「ん…?武市さん…?」
僕は彼女の頭を一撫でし、リビングに戻ろうとした。
だが、小さな手が僕の袖を掴んでいて、それは叶わなかった。
「名無しさん…?」
「あ、あの…お願いがあります」
彼女は口元まで掛布団を上げ、恥ずかしそうに言葉を続けた。
「手を繋いで貰えませんか…?」
子どものようなことを言う彼女に、僕は声を出して笑ってしまった。
「た、武市さんっ!笑わないで下さい」
「ははっごめん」
笑いをおさめた僕は、彼女の手をぎゅっと握った。
「ふふっ…。武市さんの手、大きいですね」
「そうかな?君の手が小さいんだよ」
「こうして貰っていると…とっても落ち着きます…」
そう言って目を伏せた彼女は、そのまま眠ってしまった。
…僕は、君に惑わされてばかりだ。
だが、それがひどく心地好いのは、君が僕にとって特別な女性だからだろう。
「おやすみ…小娘」
僕は、彼女の柔らかな頬に唇を寄せた。
(君も…僕と同じ気持ちだったら良いのに…)
そう願いを込めて…。