片想い(2)
あのパーティーから二日が過ぎた。
とっくに定時の過ぎた室内からは、パソコンのキーボードを叩く音だけが響いている。
(少し、休憩するか…)
そう思った僕は、パソコンから目を離し、机上にある名刺ホルダーをめくった。
そこには、一昨日彼女から貰った名刺も収納してあった。
彼女の名前を見る度に、あの愛らしい笑顔が頭を過ぎる。
(会いたいな…)
こんなに気になる女性は初めてだった。
しかし、僕と彼女を繋いでいる物と言えば、あのハンカチだけだ。
(ハンカチを返して貰ったら…もう会えないのだろうか)
そんなことを考えていると、ドアをノックする音が聞こえ、僕はホルダーを閉じた。
「はい、どうぞ」
こんな時間に誰だろう。
予定より早く出張を終えた中岡が戻って来たのだろうか?
そう思いドアに目を向けると、予想外の人物が立っていた。
「…こんばんは」
彼女の姿を認めた途端、僕の体温は一気に上昇したような気がした。
「一昨日のパーティーでお世話になった名無しと申します。覚えていらっしゃいますか?」
「…あ、ああ。覚えているよ。入って」
思いも寄らない出来事に、つい言葉がぎこちなくなった。
彼女は嬉しそうな顔で僕の傍に寄って来て、ぺこりと頭を下げた。
その時、彼女の髪や服がほんの少し濡れていることに気が付いた。
「先日は、助けて頂きありがとうございました。あの、宜しければこれ召し上がって下さい」
そう言って彼女が差し出したのは、老舗和菓子屋の紙袋と僕のハンカチだった。
「僕に?」
「武市さんは粒餡のお饅頭が好きだと伺いました。あ、あとこれを…」
彼女はジャケットのポケットから、何かの鍵を取り出した。
僕は、その鍵に見覚えがあった。
「これは、傘立ての鍵かい?」
「はい。予報より早く雨が降ってきちゃったんです。使って下さい」
ブラインドを上げ、目を凝らすと小雨が降っていた。
僕は、たった今受け取ったハンカチで、彼女の髪を拭いてやった。
「た、武市さん、ハンカチ、濡れちゃいますっ」
「君は傘を持っているの?」
「いえ、実はこれ一本しか売ってなくて…」
「それなら、一緒に帰ろう」
僕は必要な書類を鞄に入れ、帰り支度を始めた。
「で、でも武市さん、まだお仕事があるんですよね?私なら大丈夫ですから」
「そうはいかないよ。君が風邪をひいたら大変だ。さ、行こう」
僕は彼女の手を引いて、会社を後にした。
「…ひどい降りになりましたね」
雨は勢いを増し、駅に着く頃には風も加わっていた。
「名無しさんはどれに乗るんだい?」
「私はですね、…あ…」
彼女の視線が駅の電子掲示板に釘付けになった。
そこには、路線の一つが「信号機トラブルにより遅延」と表示されていた。
「…道理で、タクシー乗り場に長蛇の列が出来ている訳だな」
「私、あの電車が止まっちゃうと帰れないんです。でも、運転再開の目途も立っていないみたいですね…」
…タクシーを待つにしても、あれではいつ乗れるかわからないだろう。
そう考えた僕は、次の瞬間自分でも驚くことを口にしていた。
「名無しさん、」
「はい…」
「今日は…僕の家に泊まっていく…?」