羨望(2)


「…今日も全然敵わなかったなぁ」

私は朝餉の膳立てのために廊下を歩きながら、半次郎さんとの稽古を思い出す。
涼しい顔をしている半次郎さんに対し、息も切れ切れな私。
結局今日も、半次郎さんに歯が立たなかった。

「何を一人でぶつぶつ言っている」

突然掛けられた声に驚いて、膳を落としそうになる。
振り向くと、嫌味なあの人と目が合った。

「大久保さん。おはようございます」
「しっかり前を見ろ。落とされたら敵わん」
「は、はい」

大久保さんの後を追い、私も慌てて広間に入る。
すると、そこには愛しいあの人の姿があって、私はまた膳を落としそうになった。

「ただいま。小娘」

夢かと思い、目をぱちぱちさせる。
だけど、半平太さんの姿は消えることがなかった。
あっけにとられていると、立ち上がった彼が私の頬に触れた。

「おかえりって言ってくれないのかな?」
「お…かえりなさい、半平太さん…」

嬉しくて、涙腺がゆるみそうになった。
膳を持ったまま立ち尽くしていると、大久保さんが咳払いをした。

「感動の再会は後にしろ。さっさと朝餉にするぞ」
「は、はい!ごめんなさい。」

私達は並んで席に着いて朝餉を食べ始めた。
私の真向かいの大久保さんは、少し不機嫌そうな表情をずっと浮かべていた。

食事を食べ終え、後片付けを始めようとした時、半平太さんが私に声を掛けた。

「小娘。今日は何か予定はあるかい?」
「いえ、今日は特にないです」
「では、出掛けようか」
「えっでも…」

(嬉しいけど…。半平太さん、さっき帰って来たばかりでお疲れだろうし…)

私が返事を迷っていると、それを察した半平太さんが言葉を続ける。

「僕は小娘と出掛けたいんだけど…駄目?」
「だ、駄目な訳ないですっ!」

咄嗟に私が答えると、半平太さんがふんわり笑った。
その顔を見ていたら、私も自然と笑顔になった。

「…武市君」

大久保さんが顔を顰めて私達を見る。

「京都はまだ物騒だぞ」
「百も承知です。ですが、ご心配頂かなくとも大丈夫です」
「君の剣の腕は知っているが、万が一何かあっては困る。…出掛けるのならば、半次郎を連れて行け」


「―半次郎さん、一緒に来てくれてありがとうございます」
「いえ、礼なんて言わんでしてたもんせ。…お邪魔をして申し訳あいもはん」

隣を見れば、少し不機嫌そうな半平太さん。
藩邸を出てから、彼は真一文字に口を結んだままだった。
何だか雰囲気が重い気がして、必死に話題を探す。

「あ、あの半平太さん!半次郎さんって、とっても剣がお強いんですよ!」
「ん、そうだね」
「今朝も、稽古のお相手をして頂いて…」
「…稽古?」

話しの途中で、半平太さんは足を止めて半次郎さんに目を向けた。

「半次郎殿。そうなのか?」
「…はい。小娘さぁは、筋が宜しかごとで」

黙り込んでしまう二人。
私はどうして良いか分からず、二人を交互に見上げる。
すると、半平太さんが私の手をぎゅっと握り締めた。

「半平太さん…?どうかしましたか?」
「…何でもない。行こうか」

そのまま歩き出す半平太さん。
私はますます雰囲気が重くなったような気がした。

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