黒の誘惑(2)


「っ!」
「君は寺田屋の誰かと恋仲なのかい?」
「あ…のっ」
「答えないのなら…。このまま土佐藩邸に…」

思わず声を上げようとしたその時、突然部屋の襖が開いた。

「…武市じゃないか。今日は君に会う予定はなかったと思ったが」
「先日の話に進展がありまして、寄った次第です。小娘さんを離してもらえますか」

武市さんは乾さんが返事をするのも待たず、私を引き寄せる。

「帰るよ、小娘さん」
「は、はい」
「それは残念だな。それではお嬢さん、また会いましょう。ああ、ところで武市」

乾さんは立ち上がって、武市さんの耳元に囁く。

「…なっ!」

何を話しているのか、私には全く聞こえなかったけれど、乾さんが話し終えた途端、武市さんの顔が赤くなっている気がした。

「失礼する!」

武市さんは私の腕を引っ張って、乾さんの部屋から出る。
私が後ろを振り返ると、乾さんはなんだか楽しそうな顔でこちらを見ていた。


「た…武市さん?」

帰り道、話しかけてみるけれど反応はない。
私はそのまま、寺田屋の武市さんのお部屋に連れて来られた。
なにも話さなくても、武市さんが怒っているのがわかる。

「なぜ、乾に触られても抵抗しなかった?」
「そ、それは…」

私はなんて言ったら良いのかわからず、黙ってしまう。すると武市さんは辛そうな表情で私を見る。

「小娘は、あの男が好きなのか?」
「ち、違います…!…我慢しなきゃ、と思ったんです」
「…え?」
「た、武市さんはいつも無理して乾さんと会ってるでしょう?だけど、会わなきゃいけないのは、武市さんのお仕事にとって乾さんが大切な人だからですよね…?だから、だから私も、武市さんの邪魔にならないように何をされても我慢しようって…そう、思ったんです」

私は恥ずかしくて俯いてしまう。すると、突然武市さんが私を抱きしめた。

「た、武市さん…?」
「…怒って、ごめん。でも僕は、小娘が他の男と二人きりでいるなんて耐えられないんだ。況して君に触れるなんて…」

武市さんの腕に力がこもる。私は武市さんの背中に手を回して答える。

「はい…。ごめんなさい…武市さん」

武市さんは、私を見つめながら小声で囁く。

「今夜は、わかってるよね?」

いつもより低い武市さんの声が、私の頭に甘く響いた。

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