慕情(3)
「強くなります」
「…え?」
小娘さんは、僕の胸に顔を押し付けながら話す。
「自分の身は自分で守れるように、私、強くなりますから…。もっと朝稽古も頑張りますから…ここに居させて下さい」
「小娘さん…」
最早、自分を偽ることは出来そうになかった。
僕は彼女の背にそっと手を添えた。
激しかった風も止み、辺りはすっかり静まり返っていた。
「小娘さん…?どうしたんだい?」
先程から、彼女は顔を上げないままだった。
「…見ないで、下さい…」
「…ん?」
「…今、絶対酷い顔してます…。だから、見られたくないんです…」
可愛らしい理由に、僕は目を細めた。
「武市さん…」
「なんだい?」
「さっきの続き…」
「さっき?」
「あの…武市さんも…私と同じ気持ちって…思って良いんですか…?」
僕は彼女の髪を優しく撫でながら答える。
「ああ。僕も君が好きだよ」
「…それで、小娘はまだ眠っているのか」
「はい。昨日は床に就くのが遅くなりましたから」
明くる朝、僕は薩摩藩邸を訪ねた。
「まったく…武市君に小娘の説得を任せたのが間違いだったか」
大久保さんは長い溜め息を吐く。
「これからの大業を成し遂げるのに、あの男に恩を売っておくのも悪くないと思ったがな」
「小娘さんは道具ではありません。彼女を利用するなど…」
「わかっている。…それにしても」
大久保さんは僕を見て、含み笑いをする。
「何かが吹っ切れた顔つきだな」
「そうですね。彼女のおかげです」
「そうか。…だが、その心の平安がいつまでも続くとは思わないことだ」
どうやら、油断のならない人物はここにもいるようだ。
大久保さんも、彼女の魅力に取り憑かれたひとりか…。
僕はこれから苦労しそうだな。