慕情(2)
「小娘の面倒は、武市君が見ているのだろう?ならば、君に話して置いた方が良いと思ってな」
小娘さんが、いつかいなくなることは覚悟していた。
だが、この世界にいる限り、彼女を失うことはないと思っていた。
しばしの沈黙の後、僕は口を開いた。
「…それは小娘さんが決めることです。僕がとやかく言える立場ではありません」
「そうか」
不意に彼女を見やると、頭を垂れたまま、膝の上の着物を強く握り締めていた。
その様子から、表情を窺い知ることは出来なかった。
「小娘。一晩考える時間をやる。遅くに邪魔したな」
大久保さんは立ち上がり、部屋を出る寸前で、再び僕に視線を向けた。
「…あの男の許へ行くことは、小娘にとって悪い選択ではない。少なくとも、今より命の危険に晒されることはないだろう」
―小娘の身の安全を考えるならば、ここには置いておくな―
大久保さんの心の声が聞こえてくるようだった。
僕は、それに対して返事をすることが出来なかった。
先程より強くなった風が、絶えず障子を揺らしている。
小娘さんは、大久保さんが帰った後も、態勢を崩さず、一言も言葉を発しなかった。
彼女は今、何を考えているのか。
「…小娘さん」
「…はい」
消え入るような声で返事をする彼女。
「僕らと行動を共にするということは、常に危険と隣り合わせだということだ。…安全な場所があるならば、そこに世話になるのが君のためだ」
まるで自分に言い聞かせるかのように、言葉が口を吐いた。
その時、ずっと沈黙を守っていた彼女が、唇を動かした。
「……です」
「小娘さん…?」
「嫌ですっ…」
顔を上げた彼女の瞳からは、大粒の涙が溢れ出していた。
「私…ずっとここにいたいです…。だって…」
彼女の熱っぽい瞳と視線が合う。
「…武市さんのことが…好き、なんです…」
今すぐ彼女を掻き抱いて、僕も同じ想いなんだと伝えてしまえたら、どんなに幸せだろう。
だが、それをしてしまったら、きっと二度と小娘さんを手離せなくなってしまう。
「小娘さん。君は、子が親を慕うような感情を僕に抱いているに過ぎない。…それは、男女の愛情とは違う」
「そんなこと…ないです…!私は、本当に…」
「もしも、」
僕は彼女の言葉を遮って続けた。
「それが本当だったとしても、僕にとって君は、可哀想な子どもでしかない」
彼女の瞳が大きく見開いた。
瞬きもせず、僕を見つめる彼女。
その顔には悲しみの色が浮かんでいた。
「そ…うですよね…。変なこと言って…ごめんなさい」
小娘さんの瞳からは、涙が流れ続けていた。
「私…お部屋に戻りますね…」
彼女の涙顔を見ていた僕は、ふっと頭の中が真っ白になった。
「た、けちさん…?」
小娘さんの声が耳に届いた時、無意識に彼女の手を掴んでいることに気付いた。
彼女の手は、感情が昂ったせいか、先程よりも熱かった。
「もしかして…お加減が…悪いんですか?さっきよりも、手が冷たいです…」
そう言って、僕の手を握り締める小娘さん。
たった今、冷たく突き放した僕に、何故そんなに優しいんだ…。
もう、感情を抑えられそうになかった。
「…嘘だ…」
「…え?」
「君のことを子どもだなんて思っていない…。僕も小娘さんのことを…」
彼女の瞳から溢れ出ていた涙が止まった。
「だが…僕の傍に居たら、いつ命を失うかわからない…。だから…」
その時、彼女が僕の胸を強く抱き締めた。