ちいさなお客さま(4)


日が暮れても、この子の両親だという人間は現れなかった。
考えることは山ほどあるが、今日はもう一刻も早く休みたい。夕餉を終え、さっさと風呂に入ってしまおうと重い腰を上げると、片付けをする小娘の肩に小さな身体が抱き着いた。

「ねえ、いっしょにおふろはいろ!」
「うん、良いよ。でも、ちょっと遅くなっちゃ…」
「駄目だ!」

突然大声を出した僕に、全員固まっていた。
だが、それを気に留める余裕はなかった。
小娘と風呂に入るだと?冗談じゃない。
僕ですら、まだ彼女とは風呂に入ったことがないというのに。

「小娘はまだ片付けで忙しいだろう?僕がこの子を風呂に入れるから」
「えー…。ぼく、小娘がいいー」
「我儘言うんじゃない」

強引に彼女から引き剥がし、僕は真っ直ぐに風呂場へと向かった。

思えば、僕はこの子が迷子だということ以外、何も知らない。
そもそも、迷子ならば普通もっと泣き喚いても良いはずなのに、なぜこの子はこうも落ち着いているのだろう。

「そう言えば、君の名前は?」
「なまえはね、ないしょ!」
「内緒?どうして?」
「だって、いっちゃったらおもしろくないもん」

小娘が名前を聞いた時も、この子は同じことを言ったらしい。子どもの扱いには慣れているつもりだったが、いささか僕も言葉に詰まる。

「父上か母上とはどの辺りではぐれちゃったか分かるかな?大丈夫、すぐ見つけるからね」
「へーきだよ!だってぼく、まいごじゃないもん」
「え?」
「ぼく、いえでしてきたんだ!」

湯船の中で不機嫌そうに頬を膨らますその子を見ながら、僕は一瞬ぽかんとしてしまった。

「ぼく、ちちうえきらい。だって、ははうえのこと、いつもひとりじめするんだもん!」
「そ、そうか…。君の父上は、母上のことが大好きなんだね」
「うん。だけど、ははうえはぼくのおよめさんにするんだ。そしたら、ちちうえがおこって」

(子ども相手に、大人げない父親だな…)

「そんなことできないっていうから、ぼくいえでしたんだ。でも、」

暫く考え込んでいた僕に、その子はキッと目許を釣り上げた。

「ちちうえに、小娘はあげないからね!」
「…え?」

その目は、今見ぬ父親ではなく、紛れもなく僕に向いていた。
まさか、この子は―。

「でも、もうかえらなきゃ。ははうえがしんぱいするから」

湯船から出たその子は、あっという間に浴衣に着替えると、玄関へと走って行ってしまった。慌ててその後を追った僕が玄関に着いたときには、戸口が半分まで開いているところだった。

「ほんとはははうえにあいたかったけど、ないちゃうもんね」
「ま、待ちなさい。こんな遅くに、ひとりで帰れないだろう!」
「だいじょうぶだよ。ぼく、ははうえみたいにまいごにならないもん!」

ああ。そうだったのか。
この子はずっと僕に似ていると思っていたが、決定的に違うところがあった。
あの屈託のない笑顔は、どう見ても彼女のものだ。

「またね」

戸口が閉まり、次に開いた瞬間には、もうその子の姿はなかった。

「あれ?半平太さん、こんなところでどうしたんですか?お風呂、随分と早かったですね」
「あ、ああ…。…あの子の親が迎えに来たんだ」
「え!良かった…!そうだったんですね。お別れが言えなくて残念でした」

少し寂しそうな小娘の横顔を見ながら、僕は大きな溜息を吐いた。

「?どうかしましたか?」
「いや、なんでもないよ。……それより、小娘はこれから風呂かい?」
「はい、そうですけど…?」
「なら、一緒に入ろうか」
「えっ!?だ、だ、駄目ですよそんなの!」

逃げようとする小娘を壁に押さえつけ、僕はにっこりと笑って見せた。

「どうして?あの子には良いと即答だったじゃないか」
「だ、だって…!あの子と半平太さんじゃ全然違います!」

将来、僕はあの子と君を奪り合うことになるだろう。だが、例え自分の子であろうと恋敵は恋敵。君には今から、誰が一番なのか、しっかり教え込んでおかなくてはね。

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