愛しい名前(2)


半平太さんから身体を少し離し、私はずっと手に持っていた藍色の小さな包みを差し出した。

「半平太さん、お誕生日おめでとうございます」
「誕生日?…ああ、そうか。君の時代では、生まれ日は特別な日だったね」
「はい。これは私からの贈り物です。でも、今日は私にとってもすごく大事な日です。…だって今日がなかったら、半平太さんと会うことが出来なかったってことですから」

顔が真っ赤になるのを感じながら彼を見上げると、半平太さんの頬にも薄っすらと赤みが差していた。

「そう、だね。僕も今日に感謝しなくてはいけないな。ありがとう、小娘」

私の頭をぽんぽんと撫で、包みの結び目を解いた半平太さんは、取り出したそれを意外そうに眺めた。

「ほう。小筆か」

お使いの帰りに立ち寄った小間物屋さんで見つけた小筆は、紺碧色の柄がとても印象的で。これを見つけたのはもう三ヶ月以上も前のことだったけど、そのときの私のお小遣いじゃ足りなくて、店主のおじさんに無理を言って取り置いて貰っていた。

「色が半平太さんにぴったりだと思いまして。使っていただけると嬉しいです」
「ありがとう。気に入ったよ。今度から名を入れるときはこの筆を使わせて貰うことにしよう。…と、そうだ」

「何かお礼をしなくてはね」と硯に筆を置いた半平太さんは、そのまま墨を摺り始めた。

「?」
「折角だから、少し手習いをしようか」
「え!?」

この時代に来て一年以上経った今も、私は手習いが苦手だった。独特の筆遣いに慣れないということもあるけれど、その本当の理由は別のところにある。

(半平太さんの字と比べると、私の字って丸くて子どもっぽいんだもん)

「そんなに嫌そうな顔をされると、ますます教え甲斐があるな」

意地悪な笑みを浮かべながら、取り出した細筆を私の手に収め、その上に自身の手を重ねた半平太さんは

「まずは名前を書く練習をしよう。手本を作ってあげるから、筆の運びを覚えてごらん」

と言うと、穂先が真っ白な紙の上を滑る。けれど、二画目、三画目と進むにつれ、その動きに私は首を傾げた。

「あの、半平太さん。練習するのは私の名前ですよね?」
「そうだよ」

戸惑う私を気に留める様子もなく、その名前を書き終えると、そっと半平太さんが耳打ちをする。

「…僕としては、早く同じ苗字になりたいのだけど」
「……!」
「先に練習しておくのも悪くないだろう?」

「この先、この名を使う方が長いのだから」と付け足され、いよいよ目の前にある「武市小娘」という文字が、嬉しさと恥ずかしさでフワフワと浮いて見える。

「さ、筆の用意をしておいで。…もし綺麗に書けなかったら、お仕置きだよ」
「うう…はい」

半平太さんの顔を見れないまま部屋を出た私は、その名前を呟いてみる。
肌寒い秋風が吹き抜けていく中、その瞬間私の胸だけは熱くなっていた。

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