横恋慕(3)


「同じ団子を買って来るとは。気が合うな、武市」
「……」
「そう怖い顔をするな。さて、話をしようじゃないか…と、もう夜も更けてきたな。そうだ、今宵はここの世話になるとしよう」
「その必要はありません。後で以蔵が藩邸までお送りします」
「おいおい、冗談だろう?俺はもう待ちくたびれて、帰る気力も体力もないんだ」
「そう仰いましても、今宵寺田屋に空き部屋はありません」
「部屋ならあるだろう?俺はお嬢さんの部屋に泊まらせて貰うよ」
「え?」

白い顔にぼっと火が付く。
その顔を自分の胸に隠しながら、武市は眉一つ動かさずに笑った。

「申し訳ありませんが、僕と小娘は同じ部屋に休んでおりますので」

片時も小娘を離したくないということか。
だが、それで「はいそうですか」と俺が引き下がると思っているのか。

「そうか。それなら布団をもうひと組敷けば良い話だ。何の問題もない」
「……っいい加減に…!」
「あ、あの武市さん」
「君は黙っていろ!」

幸い、小娘は物分りが良いようだ。口ではこう言っているが、きっと武市は彼女に頭が上がらないに違いない。それなら、話は早い。

「小娘さん。ふたりきりのところ申し訳ないが、一晩だけ部屋を貸して貰えないだろうか。藩邸に帰りたいのは山々だが、俺も少し具合が悪くてね」
「だ、大丈夫ですか!?それなら早く休まないと…!私なら構いませんから」
「小娘…!」

「そんな奴放っておけ」とでも言いたかったのだろうが、武市は二の句を飲んだ。
純粋な小娘のことだ。そんな悪態をついたら「武市さんがそんなことを言うなんて見損ないました」とでも言い出し兼ねないと思ったのだろう。
全く、分かりやすい男だ。


「…おや?布団が二組しかないじゃないか?一組は武市のものだとして…もう一組は俺とお嬢さんのものかな?」
「貴方はお一人でどうぞ。さ、おいで小娘」
「は、はい。あの、乾さん、体調が悪くなったら言って下さいね」
「ああ、ありがとう。本当に小娘さんは優しいね」

そこまで言ったところで、俺は枕許の明かりを灯した。
小娘の姿は武市の背中にすっぽりと隠され、最早会話をすることも出来そうにない。

「小娘さん、」
「はい、……んっむぅ」
「君は早く寝なさい」
「…はい」

蚊の鳴くような声を最後に、小娘はそのまま眠ってしまったようだった。
安心しきった寝息は、まるで子どもそのものだ。

「…どういう、つもりです」
「何がだい?」
「貴方は小娘に会いに来たのでしょう?彼女に手出しはしないで頂きたい」
「…興味があったんだよ。君が惚れ込んだ女子がどんな女なのか、ね」

無愛想なこの男が、彼女の前では笑顔を見せるという。
その話を聞いた時から、心に蟠っていた思いがまたくすぶり始めた。あの能面のような顔を引き剥がしてやるのは、俺の役目だと思っていたのに―。残念なことだ。

「ひたむきで可愛い娘だ。あれは調教のし甲斐がある」
「………」
「飽きたらいつでも貰い受けるぞ。なあ武市」

後ろ姿から、その背中が微かに震えているのが分かる。
その怒りの矛先が、彼女に向かなければ良いが。

そう言えば、彼女にはまだ話の続きをしていなかった。
まあ良い。あの話は、また今度するとしよう。

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