横恋慕(2)


「まず、君のことから教えてくれるかい。俺は乾退助。武市と同じ土佐の藩士だ」
「私は名無し小娘と言います。実は身寄りがないところを武市さん達に助けて貰って…。それから、ずっとこちらでお世話になっています」
「ほう」

話を聞けば聞くほど、不可解な娘だと思った。
何故、こんな得体の知れない娘を武市は引き取ったのか。
どうにか弱みを握ってやろうと数多の女を宛てがったが、あの男は頑として手を出さなかった。それが、こんな小娘一人に骨抜きにされたとは。到底信じ得まい。

「乾さん、武市さんのことも教えてください。武市さんはどんな子どもだったんですか?」
「ああ、武市はあの通り、昔からよく出来た子どもでね。老若男女問わず、慕われていたよ」
「やっぱり。武市さんは小さい頃からすごかったんですね」
「だが、顔のことをからかわれたときは、顔を真っ赤にして怒ってね」
「顔?」

一体、この小娘の何が武市を惹きつけたのか。
その理由を知るには、どうやら言葉だけでは限界があるようだ。

「もっとこちらへおいで。誰かに聞かれたら厄介だ」
「?はい」

疑うことなく、栗色の髪を耳に掛けた小娘は、俺の隣に距離を詰める。
指通りの良さそうな素直な髪だ。色以外は、あの男の髪とよく似ている。

「…何をしているんですか」

柔らかそうな耳朶を食す間もなく、もうそこに彼女の姿はなかった。
「きゃっ」と愛らしい悲鳴が聞こえるや否や、小娘は鬼の如く殺気立った目の前の男に隠されてしまったからだ。

「遅いじゃないか、武市」
「『遅いじゃないか』じゃありません。何故貴方がここにいるんですか!」
「それは俺の台詞だ。気が変わったから、俺の方から出向くと言っておいたはずなんだがね」

しれっと言い退けると、武市の怒りがますます増長していくのが分かる。
その原因は、約束を違えたことではなく、恐らくこの状況の方にあるのだろう。

「小娘に何をしていたんです」
「別に何も。他愛もない話をしていただけだよ、そうだろう、小娘さん?」
「…っ気安く彼女の名前を呼ぶな」
「た、武市さん、落ち着いてください!乾さん、武市さんが好きなお団子を買って待ってて下さったんですよ」

名入りの紙包みを一瞥した武市は、押し黙ったまま小娘を引っ張り上げる。
見ると、障子口には同じ名入りの紙包みが置かれている。なるほど、そういうことか。

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