clap(9月28日〜5月27日)
「余計なことだったらすんません」と口にした慎ちゃんは、そのままお茶を喉に流す。両手で包み込んだ湯呑みに顔を落とした私は、彼の優しさについぽつりと声を漏らした。
「ねぇ、慎ちゃん」
「はいッス」
「武市さん、好きな人がいるのかな」
「へ?」
思い切って顔を上げると、慎ちゃんはぽかんと口を開けている。だけど、一旦溢れた感情は、涙になって私の視界を滲ませる。
「寝言で言ってたの。琴って…」
「琴、さん…?」
夢にまで現れる特別な女性。
それが羨ましくて、彼女に嫉妬する心が抑えられない。
「姉さん、それは…って…あっ!」
慌てたような慎ちゃんに首を傾げた瞬間、ふわりと身体が包まれる。何が起きたのか分からず、恐る恐る振り返ると、何故か笑みを浮かべた半平太さんが私を抱き締めていた。
「どうやら、続きは武市さんに聞いた方が良いみたいッスね」
ぐいっと湯呑みを傾けた慎ちゃんは、すっとその場を立ち上がる。そのまま廊下を進んでいく彼もまた、不思議と頬を緩めていた。
「…?」
「気になる?」
「え?」
「琴が誰か、だよ」
背中を彼の胸に預けている私には、半平太さんの表情は分からない。けれど、その声はどこか楽しそうな響きを含んでいた。
「き、気になりますけど…聞きたくないです」
「どうして?」
「だって…だって、きっと半平太さんにとって特別な人なんでしょう?」
頬を膨らませる私に、半平太さんは声を出して笑う。すると彼は、「確かにそうだな」と暫くして呟いた。
「今日は懐かしい夢を見てね。妹がまだ小さかった頃の夢だ」
「妹…?」
「ああ。…琴は、僕の妹だよ」
思いも寄らない返事に、私は目をぱちぱちさせる。それを見た半平太さんは、またくすくすと笑い声を溢した。
「そ、そんなに笑わないで下さい」
「ごめんごめん。でも、嬉しいな」
「え?」
「いつもは、僕が嫉妬してばかりだからね―」
ふいに耳許で囁かれ、私の体温は一気に急上昇してしまう。そんな私を抱え上げながら、半平太さんは「さてと」と呟く。
「そろそろ掃除は止めて貰うよ」
「あ、でも…」
「例え嫌だと言われても離さないよ。だって今日は―」
「―僕の誕生日だからね」と目を細めると、半平太さんの唇がふわっと頬に落ちる。心に燻(くすぶ)っていた感情が消えた私は、「分かってます」と囁き、そっと口付けを返した。