そんな貴方も好き


ゆっくり療養出来るようにとあてがわれたお屋敷の一室は、今日も暖かな陽射しが微睡(まどろみ)を誘う。
色鮮やかな草花が咲き誇る庭園。元気になったら二人きりでお散歩したいな―。そんなことを考えながら桶に手拭いを浸していると、隣からふと声を掛けられた。

「どうしたんだい、小娘」

身体を横たえ、穏やかな笑みを見せる武市さん。その笑顔に心臓が高鳴る度、この現実が夢じゃないことを教えてくれる。

「武市さんとお庭を散歩したいなって思ってました」
「そうか。それなら今でも、」
「だめっ!だめです。まだ寝てなきゃ!」

起き上がろうとする身体を慌てて止めると、武市さんは苦笑いを滲ませた。

「心配性だな、小娘は」
「だって…酷い怪我なんですよ。お願いですから、安静にしてて下さい」

新撰組に襲撃されたあの日。
もし武市さんが庇ってくれなかったら、今頃私はここにいなかった。けれど、その代償は余りに大きくて―。

「包帯、変えますね」
「ああ、いつもすまない」

広い背中に残る袈裟懸けの傷。
痛々しい傷痕にそっと触れると、あの晩の記憶が生々しく蘇ってくる。もし、武市さんがいなくなってしまったら―。悪夢のような出来事を思い出す度、指先が無意識に震えてしまう。

「武市さん……」

背中に当てた頭と両手から伝わってくる確かな温もり。こうしていると、不思議と震えが落ち着いてくる。私は新しい包帯を出すのも忘れて、その心地好さに瞼を下ろした。

「…小娘」

いつまでそうしていたのか、ふと右手をぎゅっと握られる。それにどきりとして目を開けると、振り返った彼の姿がじわりとぼやけた。

「嫌なことを思い出させてしまったね」
「ううん…違うの…そうじゃなくて……」

つっと零れ落ちる滴。
いつの間にか泣いていたことに気が付いた私は、袖で目を擦った。

「嬉しいんです。武市さんが無事で本当に良かった…」

どうしてだろう。
嬉しいはずなのに涙が止まらない。
いつから私はこんなに武市さんを好きになってしまっていたんだろう。

「小娘、おいで」

泣きじゃくる私をそっと引き寄せた武市さんは、子どもをあやすように背中を優しく撫でてくれる。

「もう泣かないで。僕は大丈夫だから」
「ふ…ぇ…たけちさん…」
「君を置いていなくなる訳にはいかない」

こつんと頭が合わさり、藍色の髪が頬を優しく伝う。
吐息まで聞こえてしまいそうな距離に、私は視線を逸らすことも出来ずに固まってしまった。

「小娘は危機感がなさすぎる。一人にはしておけない」
「危機感…?」
「ああ」

突然の言葉に頭を捻っていると、武市さんはくすりと笑みを溢す。
たまには僕の気持ちも考えてくれないか―。笑みを浮かべた唇から、小さくそんな声が聞こえた気がした。

「ところで、そろそろ続き、して貰うよ」
「…?なんの続きですか…?」

訳が分からないまま問い返すと、ふわっと身体が反転する。
天井より先に目に入った武市さんの顔。布団に両腕を縫い付けられ、不思議な気持ちで彼を見上げていると、次の瞬間武市さんはとんでもないことを口にした。

「添い寝の続き、だよ」
「え、ええ!?い、今ですかっ?」
「また邪魔が入ったら困るからね」

京都の薩摩藩邸での出来事を思い出し、私の顔はぼっと火が点いたように熱くなる。
もうあれっきりだと思っていただけに、今更ながら頭も心も動揺してしまう。

「あれは、だってその!お仕置きなんて言われても!ってそうじゃなくて、武市さんは怪我人なのに、だからこんなことしちゃ」
「…あまり騒ぐと皆に聞こえるよ」
「だって、やっぱり駄目です!だ…」

身体に伸し掛かる重みと首に掛かるさらさらとした髪。
熱っぽい吐息が項に掛かって、心臓が壊れてしまいそうなくらい早くなっているのが分かる。

「小娘は僕だけの物だ。他の男になんか渡さない」
「たけちさ…苦し…」
「もう我慢はしないから。分かってるよね…?」

誰よりも大人で冷静だと思っていた武市さん。
そんな貴方のちょっと子どもっぽい一面も好きだと言ったら、彼はどんな顔をするだろう。

「…武市さん、大好きです。ずっと傍にいて下さい…」

薩摩での束の間の穏やかな生活。
どうか叶うのなら、少しでも武市さんとの幸せな日々が続きますように。

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