彼女の秘め事(3)
「―それでは、失礼いたします」
翌日、仕事を終えた僕は寺田屋に戻る途中、小娘の姿を見つけた。
だが、声を掛けようとした瞬間、足が止まった。
彼女の隣に、浅葱色の羽織を着た男が見えたからだ。
それは間違いなく、新撰組の沖田だった。
小娘と沖田は、楽しそうに菓子を食べていた。その店は、高価な菓子を扱うことで有名な店だった。以前、沖田とは甘味友達なのだと彼女が言っていたことを思い出す。
…沖田とその店の菓子を食べるために働いていたのか。それならば、僕に言えないのは当然だろう。
これ以上彼女が他の男といる姿を見るに耐えられず、僕は足早にその場を立ち去った。
「小娘さんは今日も手伝いをしちゅうのか。まっこと働きもんじゃのう」
小娘は寺田屋の仕事に追われているようで、あれ以来一度も顔を見ていない。彼女に会ったら、どんな顔をしたら良いんだろう。
そんなことを考えながら、いつもより早い調子で酒を喉に流していった。
足元が少しふらつく。
今宵は飲みすぎてしまったようだ。
早く床に就こうと思い、自室の襖に手を掛けた時、僕を呼び止める声が聞こえた。
その声の主は紛れもなく小娘だった。
「武市さん、今日もお疲れさまです」
「…ああ、君もご苦労だったね。仕事が済んだのなら、早く休みなさい」
彼女に顔を背けながら襖を開けると、更に呼び止められる。
「あのっこれから武市さんのお部屋に行っても良いですか?」
「…!」
な、にを…言っている。
「酔った男の部屋に入るなど以ての外だと教えただろう!」
はっと我に返り彼女を見ると、目に薄い膜が張っていた。
「ご…めんなさい…。私…どうしても日が変わる前に武市さんに渡したくて…」
違う…。そんな顔をさせたかったわけではないのに…。
小娘の大きな瞳からは、今にも涙が零れ落ちそうだった。
「ひゃっ!?武市さん!?」
僕は部屋に彼女を押し入れる。突然の出来事に倒れそうになった小娘を支え、そのまま抱き締めた。
「違うんだ…。小娘…」
「たけ、ち、さん…?」
「君は、あの男と菓子を食べるために、今まで働いていたのか?」
「な、何の話ですか…?」
「見たんだ。沖田と小娘が一緒にいるところを」
「!」
「君は、あの店の菓子が食べたくて、働いていたんだろう?」少しの間の後、彼女はくすくすと笑い出した。僕は腕を緩めて、小娘を見つめる。
「もうっ違いますよっ!ちょっと待ってて下さい!」
彼女は僕の腕をするりと抜け、自分の部屋から包みを持ってきた。