代償3(前編)


「そ、そこは駄目っ……」
「どうして?」
「だって…皆に分かっちゃう…」

目を泳がせながら、小娘が弱々しく僕の身体を押し返す。
自分の印を付けることは、彼女に男がいることを仄めかすようなもの。それを分かっていてこんなことを聞くとは、自分でも愚かだと思う。

「髪は下ろしていれば良い。それとも、僕にされるのは嫌?」
「そ、それは…」

僕の首に手を回した小娘は、擦り寄るように耳朶に口を付ける。

「左門さんは意地悪です……」

彼女が教えてくれる新撰組の動向は、殊(こと)の外よく役立っている。けれどそれは、思いも寄らぬ誤算も生んでしまった。

「左門さん好き…好きです…。」

何も知らない君が僕を愛してしまったこと。
小娘は僕が新撰組に追われている身であることを知らない。況してや、その立場を利用されているとは露ほども思っていないだろう。

「…僕も愛しているよ」

嘘で塗り固めた言葉を口にして。
新撰組の彼等すら手を出していなかった身体を凌辱して。
それでも、もう後に引くことは出来なかった。


「次はいつ会えますか…?」
「君が望むときに。また、会える場所を知らせて欲しい」

小娘の首筋から覗く赤い花びらに口付けると、その頬がまた桃色に染まる。これが今しがたまで艶めかしい声を上げていた女子と同一人物とは、誰が見ても結び付かないだろう。

「はい…。…あの神社に手紙を結んでおきます」
「ああ、そうだね」

触れるだけの口付けを交わし、僕は彼女より先に茶屋を後にした。降り積もった真っ新(まっさら)な雪に、己の足跡を残して。


木漏れ日から降り注ぐ陽射しに、数日前に積もった雪が乱反射している。雪化粧をしたその社を眺めた僕は、寒々とした大木の前で足を止めた。

(当たり前か…)

彼女の背がやっと届く高さの細い小枝。
小娘と会ったのはつい一昨日のことなのだから、まだ文がなくとも何の不思議はない。

彼女と会うのが楽しみな訳ではない。
小娘が指定してくる場所は、いつも新撰組の見廻りとは反対方面だ。新撰組に出くわす危険性が低い経路が分かれば、僕だけでなく龍馬や中岡も動きやすいのだ。

(…それだけのはずだ)

「左門さん」

小枝から背後に顔を向けると、そこには息を切らせた小娘が立っていた。

「小娘……」
「やっぱり。後ろ姿ですぐに分かりました」

嬉しそうに頬を綻ばせながら、小娘は僕の背中に手を回す。仕事の合間に急いで走ってきたのか、その身体は先日とは打って変わって温かい。

「会いたかったです…」

突然のことに戸惑いながらもその細腰を抱き締めると、小娘はそっと目を伏せた。

「可笑しいですよね……。一昨日会ったばかりなのに…。だけど私、会いたかったの…」

いつも通りに振る舞えば済むことだ。
僕も君に会いたかったのだと、ただ嘘を吐けば良い。
そう分かっているのに、口が動かない。

「―小娘!!」

静寂を破る大声。
その声色に肩を震わせた小娘は、僕の着物をきゅっと引っ張った。

「へ、平助くん……!?どうしてここに…!?」
「そんなことはどうでも良い!お前…どうして武市なんかと…!」
「平助くん、何言ってるの…?この人は……」
「小娘、お前は騙されてるんだよ!」

遅かれ早かれこんな日が来ることは分かっていたはずだった。
なのに、こんなにも心が冷えていくのは何故だろう。

「…その男は武市半平太。俺達が追っている罪人だ」

大きく見開かれた瞳。
彼女が今何を思っているのか。
思いも寄らぬ幕切れを前に、僕の頭にはそのことしかなかった。

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