彼女の秘め事(2)
「武市はん。失礼してええどすか」
「どうぞ」
不意に、眉を顰めた女将が僕の部屋を訪ねてきた。
「実は…小娘ちゃん、まださっきのお人さんの相手をしたはるんどす」
「なんだって?」
自分の声が苛立っているのがわかる。
「お酌やお話の相手をしたはるみたいで、けったいなことはされてへんみたおす。あないなお人さんやったら、小娘ちゃんにお願いせいなんだんどすけど…。ほんまにすんまへん」
申し訳なさそうに話す女将に、僕はずっと気になっていたことを口にした。
「女将…、小娘は最近、働きすぎではないか?」
すると女将は、口角を上げて話し始める。
「小娘ちゃんは、欲しいモンがおますんどす」
「欲しい物?」
初めて聞く話だった。
僕は思わず女将に聞き返す。
「はい。そのために武市はん達のお世話以外の仕事もさせて欲しいってお願いされたんどす。かな年頃の娘はんは欲しいモンがぎょうさんおますんでっしゃろ」
「そうだったんですか…」
「あ、やて、よう買えるって喜んでたんやわ。なんを買うのかはおせてもらえまへんどしたやけど…」
そんなら、お邪魔してすんまへんと言って、女将は仕事に戻って行った。
僕は女将の話を反芻する。すると、隣の部屋の襖が開く音がした。
「小娘?仕事は終わったのかい?」
「あっはい!」
「そっちに行っても良いかい?」
どうぞという彼女の声が聞こえ、襖を開ける。
「武市さん、夕餉のご用意が出来なくてごめんなさい」
「気にしなくて良い。ところで小娘」
「はい」
「欲しい物があるんだって?」
彼女は少し驚いた顔をして、僕を見つめる。
「女将から聞いたんだ。何が欲しいんだい?」
「あっあの…」
「遠慮しなくて良いんだよ。いつも僕らのために一生懸命働いてくれているんだから」
小娘は少し沈黙してから、口を開いた。
「…ありがとうございます。でも、これは自分で買わなきゃ意味がないんです」
「…そうか」
「武市さん、もしかして私を待ってて下さったんですか?」
「君が心配でね」
「お仕事が忙しいのにごめんなさい。明日は朝餉のご用意、ちゃんとしますね!」
「ああ、楽しみにしている。それじゃ、お休み」
僕は襖を閉めると、小さく溜め息をついた。
僕では、彼女の頼りにならないのだろうか…。黒い感情が増大していく。