clap(7月7日〜9月28日)


「…これで合ってるよね」

沖田さんと別れ、寺田屋に戻った私は、厨の前で独り言を溢した。
手許の紙に視線を落とすと、そこには自分の拙い筆文字で「アイスクリームの作り方」と書かれている。

(この時代にアイスってもうあったんだ)

教えて貰った材料を揃えた私は、今日のおやつにアイスを作ってみることにした。手順は思っていたよりも結構簡単で、これなら私でも失敗せずに出来るかもしれない。

「出来上がったら、僕にも一口味見させて下さいね」

沖田さんが紹介してくれたその人は、私がアイスのことを話すと一から作り方を教えてくれた。
聞けば、その人は以前アメリカに行った時にアイスを食べて、自分でも作りたいと思ってレシピを持ち帰ってきたとのことだった。

(上手く出来ると良いな…)

甘いもの好きな武市さんがどんな反応をするか考えただけで、私の顔は自然と綻んだ。

「随分楽しそうな顔をしているね」
「え?あっ…」

思いを馳せていた人の声が耳に届くのと同時に、骨張った手が私を抱き締める。恐る恐る振り向いた先にいた武市さんは、そのまま硬直した私に微笑みかけると、更に腕の力を強めた。

「たっ武市さん…」
「何を作っているんだい?」
「あっえっと…アイスです」

出来上がったばかりのアイスが入ったお皿を見せると、武市さんはまじまじとそれに視線を注ぐ。

「私が未来でよく食べてたお菓子を作ってみたんです。今日みたいな暑い日に良いかなと思いまして」
「…そう。僕も食べてみたいな」
「あ、はい。今用意してお部屋にお持ちしますね」

けれど、それを取り分けようとした私の手は宙に浮いたまま止まってしまう。不思議な気持ちで顔を上げると、笑顔で自分の手を私に重ねる武市さんと目が合った。

「僕は、今君に食べさせて欲しいんだけどな」
「え…えぇ!?こ…ここでですか?」
「うん。駄目?」
「だ、だめっていうか…。だって誰かに見られたら…その…」

熱くなった頬を見られないように顔を下に落とすと、武市さんがそれを両手で包み込んだ。

「何も困ることはないだろう?僕と君の仲を知らぬ者はいないのだから」
「そ、それは…そうですけど…」
「なら、食べさせてくれるよね」「う……。は、はい…」

半ば強引に言い切られてしまった私は、アイスを一口掬い、武市さんに向き合った。

「それじゃ…口開けて下さい」

半開きになった彼の口にアイスを入れると、武市さんの唇が満足そうに弧を描く。そしてそのまま、彼の喉仏がこくりと小さく上下した。

「いかがですか…?」
「……」

そのまま黙ってしまった武市さんに不安を感じながら、私がアイスのお皿を手に取ろうとした瞬間―。

(―え?)

声を出す間もないまま、身体が引き寄せられたかと思うと、私の唇が一瞬冷たくなる。けれど、すぐにそれは熱を帯びたものへと変化した。

「…あいすは君に似てるな」
「え…?」

そっと離した私の唇を優しく撫でながら、武市さんが耳許で囁いた。

「…こうして触れたら蕩けてしまいそうなところが、ね」
「な、な…武市さんっ…」
「ああ、それに」

慌てる私を余所にして、武市さんはまた艶やかな笑みを見せた。

「こんなに甘いところもそっくりだ」

再び重なる唇に、私の心臓は最高潮に大きくなる。彼に蕩けてしまった私がすっかり溶けたアイスに気が付いたのは、もう少し先のことだった。


アイスクリーム…勝海舟に私淑した町田房蔵は、明治2年6月(新暦7月)に横浜馬車道通りで日本で最初のアイスの製造販売を始めました。
当時のアイスは冷やすために氷と塩を用い、材料は牛乳、卵、砂糖で作ったといわれています。

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