涙雨(2)


「龍馬さんと慎ちゃん…どうしたんでしょう…?」

首を傾げる小娘さんに、僕は苦笑いを返すしかなかった。まさか君の部屋に夜這いに来た龍馬を中岡が咎めていたなど、口に出来るはずもない。

「龍馬なら、強(あなが)ち冗談とも言い切れないからな」
「え?」
「いや、何でもないよ」

合点がいかない顔をした小娘さんを横目に、僕は腰を上げる。だが、ふと目に映った彼女の姿を見て、僕はそのまま立ち去ることが出来なくなってしまった。

「…それよりも、小娘さん」

布団から抜け出そうとする彼女に手を伸ばし、僕は柔らかなその髪をそっと撫でた。

「寝癖、ついてるよ」
「えっ!ど、どこですか」

慌てて自分の髪を押さえた小娘さんは、瞬く間に頬を紅潮させる。その反応に僕がくすりと笑みを溢すと、彼女も同じように口許を緩ませた。

「ふふ…武市さん」
「どうした?」
「武市さんも寝癖、ついてますよ」

僕の髪を一束手にした小娘さんは「ここです」と口にしながら毛先を撫でる。髪に触れられているだけなのに、こうしているとまるで彼女の温もりが伝わってくるようだった。

「あ、ああ…。鏡を見ていなかったから気付かなかったな」
「武市さんみたいなさらさらな髪でも、寝癖つくんですね」

目を細めながら僕を見上げる小娘さんの笑顔に、急に心臓が早鐘を打ち始める。それから逃れるように視線を逸らした僕は、彼女の手をそっと外した。

「このままだとまたからかわれそうだな。君も朝餉の前に直しておいで」
「はい。あ…!武市さん」

今度こそ立ち上がろうとした僕は、彼女の声にまたしても足を止めた。そしてそのまま口籠もる小娘さんを見下ろしていると、彼女は少し恥ずかしそうに目を伏せた。

「あの、もし宜しければ…―」


鏡越しに見える小娘さんの嬉しそうな顔に、今度は僕が首を捻りたい思いだった。全く幾つになっても、女子の気持ちは理解出来そうにない。

「一度武市さんの髪に触ってみたかったんです。やっぱり綺麗ですね」
「…そうか?僕からすれば、君の髪も綺麗だが」

本音を言ったつもりが、小娘さんはそれを世辞と受け取ったらしい。苦い顔をした彼女は首を振り、僕の髪をゆっくり櫛で梳かし始めた。

「私の髪なんて、いくら頑張ってもこんなさらさらにならないです。だからあんな酷い寝癖もついちゃって…」

直した自分の髪に触れ、小娘さんは溜息を溢す。朝餉の手伝いがしたいからと言った彼女の髪は、既に後ろでひとつに結ばれていた。

「武市さん、髪紐はどちらですか?」
「ああ、そこに―」

と僕は、鏡台の右端に視線を移す。
だが、そこに置かれていた髪紐を見て、昨日解いたときに切れてしまったことを思い出した。

「…予備があったかな」
「あ、大丈夫ですよ、武市さん」

にこりと鏡の中の僕に笑い掛けた小娘さんは、一旦立ち上がると何かを手に戻ってきた。

「私、ゴム持ってますから。これで結んじゃいますね」

黒い細紐を僕に見せ、彼女は手早く僕の髪を纏めていく。それとともに、僕は何故か少し名残惜しい気持ちになった。

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