九月一日。新学期が始まり、昨日まで静かだった教室に再び活気が戻った。友人との再会に声を弾せる女子が、廊下を歩く佐久間に手を振った。目当ての教室に到着したその学生は、顔見知り程度の男子に声を掛けた。

「なまえちゃん、居る?」

「は? 佐久間君って、彼女と別れたんだよね?」

 向こうはニヤニヤしながら、不躾に質問を返して来た。人選を間違えたなまえは、入り口へ立ち塞がるように手を付く。

「別れたら喋っちゃ駄目なの?」

 学年一モテる優男の威圧に目を泳がせた男子生徒は、教室内に視線を向けて質問に答える。

「なまえさんなら、まだ来てない」

「そっか、ありがと」

 睨む事で詮索するような眼差しから解放された佐久間は、溜め息を吐いて礼を言う。そんな彼に、その男子は声を潜めて内緒話を始めた。

「あのさ、あの子遊んでるって噂だけど……どうなの?」

「……遊んでる?」

「夏祭りに知らない男と歩いてたし、カフェでまた違う男と会ってたって。ああいう大人しい子って……絶対変な事してる」

 好きな人の与太話を聞かされ顔をしかめた佐久間は、目当ての人物が居ないせいか、はたまた苛立ちを感じたのか、何も言わずに場を後にした。

 夏祭りに居たのは青峰大輝だ。ソレは見たから間違いない。……じゃあ、もう一人の男とは誰だ? 廊下の途中で立ち止まった佐久間は、ズボンのポケットからスマホを取り出して電話帳を探る。恐らく相手は……あの男。

 無理矢理交換させられた番号を見た佐久間は、廊下の角から教師が来たのを見て慌てて機器をしまうのだった。


 ………………………


 ……目元が腫れて、学校にも行きたくない。それでも休む事は許されず、仕方なしに足を運ぶなまえは、曇り空に溜め息を吐き出した。二晩経っても沈んだ気分は優れず、少女は青峰の裏切りに胸を引き裂かれる。

 校門まであと数メートルの所で、不審者が校内を覗いていた。ストローハットに黒いポロシャツ。手にはメモとペン、そして胸元に一眼レフカメラ……。男はなまえの姿に気付き、手にした写真と見比べて気味の悪い笑顔を見せた。

「お話、伺っても良いですかねぇ?」

 差し出された名刺を受け取ったなまえは、相手の肩書きに困惑する。名前の上に書かれた"フリーライター"の文字。……マスコミ関係だ。

「……すみません、学校あるので」

「すぐ終わりますよぉ? 事実の確認ですから」

 カバンから新聞の切り抜きを出した。昨日のスポーツ新聞。バスケットボール選手と人気アイドルの熱愛スクープ。……少女からしたら胸糞悪い記事だった。

「青峰大輝、知ってますか? バスケ選手の」

「……知りません」

「この写真に写ってる女性、貴女?」

 なまえは、次から次へ何かを出してくる相手へ敵意込めた眼差しを向けた。内心はバクバクと心臓が暴れていて、写真に写る浴衣姿の自分を直視出来ずに居た。

「違います……。知りません」

 しらばっくれには慣れているのか、表情変えない男は質問を続ける。

「この日、八月二十四日。何してましたぁ?」

「それは……家に、居ました」

 顔を覗かれ、必死に目線を逸らした。頭の中でアラートが鳴る。……目を合わせたら、全てをぶちまけてしまいそうで怖い。

「あぁ、嘘付くんだ。そう言えって言われたの?」

「知りませんってば!」

 なまえは怒鳴って威嚇しようとした。しかし声はかすれ、感情的になった事で涙が目に溜まる。――本当に知らない! そんな人、もう私の"恋人"じゃない……!!

「コッチも? 友達に聞く?」

 男は写真を突き付ける。見たくない。そんな幸せだと誤解していた時間、忘れたいし無かった事にしたい。

「もうやめて!!」

 頬に涙が走る。口元を手で隠し、恐怖で身体が震えた。……追い詰められ、全てをぶちまけ楽になりたい。彼女は嗚咽を漏らしながら口を開こうとした。その時、獲物を捕らえ瞳輝く記者の肩を、誰かが叩いた。

「――オッサン、それ俺の彼女」

「……はぁ?」

 肩を掴まれた記者は、学生服に身を包んだ少年を肩越しに見た。垂れた目元は眠たそうな印象を与えるが、瞳は真っ直ぐ男を見据えて芯がシッカリしている。

「八月二十四日はオレと居たし、夏祭りも俺と行った。ちなみに彼女、浴衣なんか着て来なかった」

 佐久間は、そうやって"嘘"を付いた。しかし、当時その場に居なかった記者には嘘かどうかなど分かりようが無い。隠し撮りのような写真では供述を覆す証拠にもならない。だから強請してでも吐かせるつもりだったのに、邪魔が入ったのだ。

「変質者で警察呼ぶよ?」

「……糞ガキが」

「糞ガキにチョッカイ出してんじゃねぇよ」

 スマホを耳に当てた佐久間は、肩の手を離す。記者はコレ以上聞き出すのは容易ではないと判断し、撤退を決める。わざとらしく少年の肩にぶつかり、彼の足下に写真を落とした。

 ソレを拾った佐久間は、二つに引き裂きスクールバッグに突っ込む。なまえは何も言えずに、目の前の彼が何故ココに居るのかを知りたがった。

「学校来てないから、迎えに来た。キモかったらごめん」

 その言葉に笑顔を見せたなまえは、涙を拭いた。

「……ありがとう」

「一体さぁ、何に巻き込まれたの? さっきのマスコミ記者だよね? 青峰大輝は中島のぞみの彼氏だったし……」

 その質問には何も答えられなかった。彼女だって知らない事ばかりだ。……青峰が何を考え自分に交際を持ち掛けたのかすら、分からないのだ。

「私も、分かんない……」

「またさっきみたいな変なの居たら、俺呼んで?」

 なまえは首を横に振った。

「迷惑掛けられないよ」

 佐久間は彼女の手を取り、強く握る。気温のせいかなまえの手は汗ばみ、そして少しだけ強張っていた。

「迷惑じゃないから」

 少年はそう言って、指と指を絡めた恋人繋ぎをした。


 ………………………


 開会式も参加しないまま帰宅命令に従った青峰は、搬出用トラックに隠れ暴動起きた会場を後にしていた。駅から自宅アパートまでマスコミが張らないのは、向こうの事務所が巧く手回ししてくれたからだろう。自宅と云う唯一の安息場が見え、青峰は大きく息を吐いた。

 階段を上がろうとした時、一階通路の奥に変わった髪色の女性が立っているのを見た。まさかとは思うが、そのまさかのようだ……。彼女は地面下に埋められた水道の元栓を眺めていた。

「……さつき?」

 女性の元へ向かうと、足音で気付いた向こうは振り向き、青峰に笑顔を見せた。

「お帰りなさい、大ちゃ……青峰君。水道の元栓がね、悪戯で閉まってたって大家さんが」

 説明をしながら、桃井は手に持つ雑巾を握り締めた。暴徒化したファンは既に青峰の自宅を突き止めていたようだ。だから、男はこんな場所で一人自分を待っていた幼馴染みを怒鳴る。

「お前! 何してんだこんな所で!!」

「開会式のニュース見て……、気になったから来たんじゃん……」

 気迫に圧された桃井さつきは、数歩後退りをして小さな頃から一緒に居た青峰を案じていた事を告げた。

「一人でか!? 頭湧いてんのか!?」

 詰め寄り声を荒げる青峰だが、内心は心配よりも嬉しさで溢れていた。彼女だけでも無事だった事を神に感謝し、今すぐ抱き締めたいとも思う。――だが、桃井はそれを無意識にかわした。

「孝輔さんと一緒だよ!」

 高校時代の戦友でもあり、彼女の婚約者である先輩の名を出され、青峰の横鼻は痙攣した。更に腹が立つのは、その男がこの場の何処にも居ない事だ。二階の通路を見上げても、色素薄いゴリラ男は居ない。

「ゴリラはどこ行ったんだよ!!」

「青峰君家来たら変な人居て、逃げたから追い掛けちゃって……」

 二人が青峰の部屋を訪れた時、愉快犯がドアに悪戯をしていたらしい。正義感の強い若松は、そのまま犯人を追い掛けるのに走り出していた。

「何でさつき置いてくんだよ、あの馬鹿!」

 青峰は若松の行動を批難した。悪戯なんかどうでも良いから、彼女を守って欲しかった。もしココで桃井に何かあったら、犯人共々殺してやるつもりだ。

「大丈夫だよ? さっきまで大家さん居てくれたし。……落書きだけだと思ったのに、水の元栓締めるなんて酷いよね」

「……あっそ」

「落書きね、青峰君が帰る前に消したかったんだけど……」

 背後からそう言われながら階段に向かう青峰は、段を踏み締めた。後ろから着いて来る足音は、桃井さつきのモノだ。怖じ気付く彼女はノロノロと幼馴染みの後を追う。

 自室前に立った青峰は、まずドアの修繕費を心配した。ドラマか何かで見た事のある非現実的な光景が、ソコに広がっていたからだ。引っ掻き傷が無数に付き、泥が塗られている。もしかしたら動物の糞も混ぜられているのかもしれない。異臭が鼻を突いた。そして家主に向けたメッセージ。『殺してやる、別れろ、日本の恥』……。

「……随分と熱い激励だな」

 呟いた青峰は、桃井の手から雑巾を奪い泥を拭き始める。すぐに汚れが広がり、擦られた泥は異臭を濃くした。

「気にする事無いよ。こんなの」

 桃井が青峰の背中に手を置いて励ました。青峰の背中は広くて、スーツ越しでも逞しさが判る。数週間前に抱き着いた事を思い出した桃井は、苦い表情でキレイな顔を変えた。

「全ッ然気にしてねぇ」

 汚れ落としを諦めた青峰は、ポケットから自室の鍵を取り出して穴に差し込もうとした。しかし、内部に何かが詰まり行く手を阻んでいる。引き抜いた鍵先に甘い香りの汚れが付着していて、苛立った家主はドアを蹴った。

「クソッ! ガム詰めやがった!」

 怒りで震えながら肩で息をする青峰を宥めようと、桃井はスーツの生地を引っ張った。

「孝輔さんがしばらく泊めてくれるって」

「オリの中でバナナ食って暮らせってか!? オレは人間だ!!」

 青峰は八つ当たりのように桃井を怒鳴り、それとなく若松を中傷する。

「青峰君! 好意で言ってくれてるんだよ!? そんな言い種無いよ!!」

「もうソイツと別れろ!! こんな時に女置いて正義感振りかざす野生のゴリラだぞ!!」

 青峰は、若松との交際を解消するように説教を始めた。そして桃井は、そんな父親のような幼馴染みに反抗する。

「大ちゃんには関係無いでしょ!! いつからそんな偉くなったの!?」

 桃井は興奮すると呼び方が変わる。ソレで少し冷静になれた青峰は、肩で息を繰り返し桃井を見つめた。彼女も同じく彼を見返す。二人の関係は昔から変わらない。只の幼馴染みで、一番互いを理解している異性の友人……――。

「……何で黙ってたの?」

「何が」

 雨が降り始め、濡れたアスファルトが独特の匂いを放つ。燻った科学薬品の香りだ。こんなにもうるさいのに、何故雨の日は『静寂に包まれている』と考えてしまうのだろうか。きっとそんなの、詩人でなければ納得いく答えは出せない。

「中島のぞみと付き合ってるなんて! 何で黙ってたの?」

「何でもかんでもお前に言わなきゃ駄目なのかよ」

 青峰の冷たく突き放すような言葉で再度無言になり、二人は開かない玄関の前に立ち竦む。

「…………あの時は?」

「あ?」

「青峰君家、行った時……もう、付き合ってたの?」

 雑に記憶を辿った青峰は、これまた雑に質問へ答える。

「……あぁ、まぁ。大体その辺からだ」

「言ってよ! もう!」

 青峰を背を思い切り叩いた桃井は、恥ずかしそうに頬を赤らめた。

「中島のぞみに勝てる訳無いよ!」

「……なぁ、さつき」

 青峰はその桃色の髪を撫でようと、右手を上げた。しかし、ソレは出来なかった。何故なら、また誰かが彼の元を訪ねたからだ。

「青峰ェェ!! お前何やらかしてくれたんだよ!!」

 通路をズカズカと歩く若松は、大声で青峰に尋問を始めようとする。その無駄に大きな声に、今度は青峰までも怒り出した。

「声量考えろ! 動物園じゃねぇんだぞ!」

 仰天した若松は、頭を掻いて素直に謝った。

「悪ィ」

「お前、さつき置いてどこ行ってたんだよ! 危ねぇだろ! ノータリン!!」

「……悪かった」

 桃井へ謝る若松は、申し訳無さそうに口を尖らせた。

「ううん、大家さんと居たから」

 首を左右に振り安心させる言葉を告げた桃井は、若松の胸元に額を寄せた。後輩の前でいきなりラブシーンが始まった若松は、挙動に困り真っ赤な顔で青峰を見る。当て付けのような桃井の行動に、青峰はソッポ向いて抗議をした。

「青峰、今回だけは面倒見てやっからよ。どうせ何処でも寛げるんだろ?」

 路地を指差した若松は、自家用車を路駐させていた。昔なら考えられなかったその提案を、青峰は棄却する。

「タクシー乗り場で降ろしてくれ。行きたい所がある」

 そう言いながら青峰は携帯に文章を打ち込み、メールを送信させた。ガラパゴス携帯をパチンと折り畳み、その後に若松を見る。

「ホテルに泊まる。費用はアッチの事務所が持ってくれっからな」


 ………………………


【夜八時。駅の男トイレ】

 夕方入ったメールはソレだけが書かれていた。行くか行かないかで悩んだなまえは、差出人が何を考えているのかが判らず、途方に暮れた。でも真実を知りたい彼女は、言われた場所に足を運ぶ。入った事もない男子トイレは緊張した。

「青峰さ……ん」

 なまえは、その汚いタイルに足音を響かせながら呼び出した人物の名を呼ぶ。すると、一番奥の個室から頭を屈めてスーツ姿の男が出て来た。

「……お前は本当に忠犬だな」

 静かなトイレに、コツコツと歩く音がした。パンツスーツのポケットに手を入れた青峰は、威圧的になまえの元へ進む。そして踵を返して帰ろうとする少女の手首を掴んだ男は、表情を無のままに低い声で命令を出した。

「……帰るな」

「離して下さい! 私火神さんが良い!」

 男性用のトイレに不似合いな若くて高い少女の声が反響する。重ねるように甘く低い男性の声が余韻を掻き消した。

「火神は駄目だ!」

「だって幸せにしてくれるって!」

「お前を犯そうとした男だ!!」

 なまえは、青峰を捨て火神の元へ行こうとしている。無理もない。目の前に立つ男性には公認の彼女が居る。相手は超人気アイドルだ。テレビに映った二人はお似合いで、なまえは思い出しただけで苛立った。たとえ尻軽だと罵られても、一途に自分を見てくれる火神の傍に居たいと……彼女はそう感じていた。

「でもしなかったじゃないですか!!」

「あぁそうだ!! オレがぶん殴って止めたからな!!」

「青峰さんと居ると、いつも嫌な思いしてばっかなんだもん!!」

 その言葉に何も言い返せない青峰は掴んでいた手を離し、タイル張りの壁を殴った。拳に痛みを感じながら、小さく呟く。

「……それもそうだな」

 寂しそうな顔をした青峰は、慌てて顔を伏せた。

「お前が泣いてないか、確認しに来た」

「何で……?」

 俯いたままフラリと個室の便座に腰掛けたスーツ姿の男は、彼女を手招きした。そうして素直に従い前に立った少女の手首を再び握り、逃げられなくする。

 男はほぼ目の前にある彼女の頬に触れた。雨の中ココまで走って来たのか、トイレの中は蒸し暑いのに、雨に濡れた肌は冷えている。夏服のブラウスが透け、下着の色が白だと知る。

「勝手ですよ、青峰さんは」

「……オレを信じろよ」

「そういう所が、勝手です」

 目元をなぞると向こうは目蓋を閉じた。彼女の睫毛が指先に触れる。化粧は校則で禁止されているらしい。素顔のまま、明かりも付かない薄暗いトイレの一室で全てを自分に委ねる。

 本当は、彼にはもう彼女しか残されていない。だが……ソレすら障害となり、彼を苦しめる。彼は冴えた解決方法など知らない。偽りで自身を塗り固め、残された希望すら闇に捨てた。そうすれば、不幸にはならないと知った。

 だが、もっと簡単な方法がある。……感じなければいいのだ。不幸だなんて、思わなければいい。思ってしまうから不幸なんだ。

 今の敗北は、未来にある勝利への寄り道でしか無い。ソレと一緒だ。雨の音が大きくなって来た。もうこの公衆トイレには誰も来ないだろう。煩わしいマスコミも、二人きりの空間を邪魔する使用者も居ない。

「――最後に勝つのは、オレだ」

 呟くように勝利宣言をした青峰は、何か言いたそうななまえの口をキスで塞いだ。


 ………………………


 雨の高速道路は殺風景で陰鬱で、そして淀んでいる。スピードは制限され、頭上の電光掲示板には大雨警報が出されていた。そんな上り車線をを一台のタクシーが走る。ワイパーが左右に動き、ガラスの視界をクリアにした。

「中島のぞみに彼氏が居たってねぇ。持ちきりですね」

 運転手は静かな車内で話題を提供した。今日から自国でバスケットボールの国際試合が始まると云うのに、彼はまるで興味が無いようだ。後部座席の乗客は、そのゴシップを鼻で笑う。

「しばらく話題には困らなさそうだな」

「みんなこういうの好きですからねぇ」

 ハハハ……と笑った運転手は、バックミラーで興味無さそうな乗客を見た。外の世界を眺める彼の横顔は男前で、お決まりのジョークである「私の若い頃に似ています」を言うのに丁度良い顔をしている。焼けたように黒い肌の客は、ネクタイを緩めながらこう言った。

「……その二人、一度も会った事無いって噂だぜ?」


 ………………………


 開催にあたって、選手達にはマニュアルが渡された。期間中の禁止事項が記載されたソレと、確定したトーナメント日程。歯でマジックのキャップを開け、初戦日をカレンダーに丸付けた火神はキャップを噛んだまま口元を笑わせた。――いよいよアジア選手権だ。ワクワクするし、緊張もする。

 マジックの蓋を閉めた火神は、開会式中マナーモードにしていたスマホがテーブル上で震えているのに気付く。発信者は佐久間だ。火神は唇を突き出し、不思議そうに着信へ応答した。

「よぉ、どうした? 何か分かったか?」

『……どういう事ですか?』

 向こう側の少年は怒っていた。そもそもコイツは協力的では無かった。――だが、ここまで敵意を剥き出しにされる理由も無い。テーブルに寄り掛かった火神は、耳元にスマホを当てながら空いた手でマジックを回す。

「何がだよ?」

『何で彼女……なまえちゃんがマスコミに狙われるんですか?』

 指先を止めた火神の頭にハテナが浮かぶ。惚れている身分でこんな事を言うのは失礼だが、なまえは『美人過ぎる女子高生』に選ばれる程の美女では無い。マスコミが来るような有名人でも異常者でも無い……筈だ。

「は? マスコミ?」

 素直なままにリアクションした火神は、まさか自分との熱愛がバレたのか? と前向きな妄想を始めた。彼の脳内では、幸せそうな二人がスポーツ新聞の一面を飾っていた。

『青峰選手、あの人何してるんですか!? 何か聞き出されてました、ソイツに』

 佐久間のその一声で嫌がおうにも全ての辻褄を合わせた火神は、ペンを壁に思い切り投球し、怒りの矛先をぶつけた。

 やはり、青峰は何かを隠している。それなら、中島はブラフだ。それなら、記者の溢れるあの開会式会場でも冷静でいられる。だって自分には関係無いのだから……。

「……連絡サンキューな。恩に切るぜ」

 質問に答えず、半ば強制的に電話を終了させた火神は、テーブルの上のモノを全てなぎ払い、拳で強く叩いた。

「……青峰、何隠してんだよ」

 唸るように吠えた火神は、自分のCMをスキャンダルで蔑ろにされた事を怒り、愛しい人間を困らせた事に失望し……そして彼の抱える隠し事を知りたくなった。