八月二十七日。水曜日。

 本日を休息日に充てた日本代表の面々だが、一部のバスケ馬鹿はとある空港に居た。国際線ロビーでは、大衆が溢れんばかりの波を打っていた。ソコから頭二つ分も抜きん出た青年が、遥か遠くを眺めていた。

「うわ〜、背高ぁ……」

 彼が見つめる先では、眩しいフラッシュが一人の男を照らし続けていた。その注目の男は規格外に背が高く、囲う記者達がまるで子供のようだ。バスケットボールがマイナーな競技とは言え、スーパースターの来日はミーハーで賑わうようだ。自国の代表選手がすぐ傍に居るのに、群衆はソレすら気付かずに他国の選手を手を振るのだ。皮肉なモノである。

「アツシが言うなよ」

「高いモノは高いんだよ〜」

 "アツシ"と呼ばれた青年は、隣に立つ美青年に向かって朗らかに答える。このおっとりとした紫髪の青年が国内屈指のアスリートである事は、二メートルを超える身長だけが教えてくれた。隣に立つ美青年は肩を竦め、左側だけ長い前髪を掻き上げた。二人はスーツを着て、集団に紛れる努力をしている。

 二人の近くで背伸びをして、顎を上げた男が困った顔をした。スーパースターが何かを発言したようだが、黄色い声援のせいでさっぱり判らない。高い天井に反響する程、歓声が爆発しているのだ。

「何言ってるか、全ッ然分かんねぇ」

 スターの姿をなるべく視界に入れたい男は、頑張って背伸びする。その背中に美青年は声を掛けた。

「笠松サン、中国語は?」

「サッパリだ。英語も駄目だ」

 ブー垂れて踵を下ろした男は、太い眉を掻いた。その男、笠松幸男は口をへの字に曲げ、近日中に対戦するスーパースターの顔しか見れなかった事に落ち込む。

「選手は大丈夫そうですね。感染症」

 美青年が口元を笑わせ綺麗な笑顔を作る。国外に居た人間がロビーに出て来たと云う事は、そういう事だろう。

「付き合わせて悪かったな。氷室、紫原。今日はゆっくり休め」

 笠松から労いと解散の言葉を受け取った紫原は、大きく欠伸をした。氷室はパンツスーツからスマートフォンを取り出し、目当ての人物から連絡が無い事を笠松へ報告する。

「タイガから連絡は無いです」

「……青峰からもだ」

 苦々しい顔をした笠松も、自身のガラパゴス携帯を開いていた。この形態機種を未だに愛用するのは、笠松と青峰位である。前者は最新機器を使いこなせる自信が無いからで、後者は単純に面倒なだけだ。

 黛は今朝の電話には出たが、寝起きなのか不機嫌そうな声で「……行かねぇよ」とだけ告げ、通話を終了してくれた。つまり、六人のスターティングメンバーの内……敵チームに興味がある人間は三名しか居ない事になる。

「空港スイーツでも食べるか?」

 氷室は、退屈そうな紫原の背中を叩いて、これからの予定を提案した。お菓子が大好きな紫原は眠たそうな表情を変えず、提案に賛同する。……嫌味な言い方で。

「室ちん、たまには良い事言うじゃん?」

 氷室は笑顔でお土産コーナーを指差した。首を傾げて不満気な顔をした紫原は「言うだけ買ってよ?」と奢りの催促をするのだった。

 二人と別れた笠松は、握った携帯を睨みながらロビーから出ようとした。しかし、その丸めた背中をいきなり叩かれ、反射的に驚いてしまう。心臓を携帯握った手で抑えた笠松は、振り返って更に驚く。

「笠松センパイ!」

 軽快な声で名を呼んだのは、サラサラな黄色の髪を靡かせた男だった。彼はサングラスを僅かにずらして、綺麗な黄色の瞳を覗かせた。

「お前! 何して……!?」

 雑誌やテレビで観るだけになったその整った顔を指差して、笠松は口をパクパクさせ混乱した。実に三年振りの再開である。黄瀬は当時のような笑顔で両手を広げ、素直に再開を喜んだ。

「見に来たんスよ! スター選手の来日だし」

 そのテンションの高さにウンザリした笠松は、背中を丸めて回れ右をした。

「体格、良くなったっスね! 火神っちには負けるけど」

 笠松の拒絶的な対応にめげる事無い黄瀬は、男の背中や腕をスーツ越しに撫でる。スキンシップに慣れていない笠松は、寒イボを立たせた。黒髪の男は、相手の腕を振り払うように身体を動かし、怒りを見せる。

「筋肉ダルマのPFと一緒にすんな!」

 ニヤリと笑った黄瀬は、さっき笠松の近くに居たメンツを思い出しながら問い質す。

「その筋肉ダルマは?」

「連絡付かねェんだよ。何してんだか、全く……」

 少しだけ寂しそうに口を尖らせた笠松は、チラリと黄瀬の顔を見て数回首を横に振った。その呆れたような態度をニヤニヤした顔で見た黄瀬は、更に質問を続ける。

「今日はオフっスか?」

「言っとくけど、オレは忙しいんだよ。リョータ散歩させなきゃだし」

 本日の予定であり日課を口に出して黄瀬を上目で睨んだ笠松だが、彼はとんでもないミスを犯した事に気が付いていない。

「……リョータ?」

 怪訝そうな顔をした黄瀬は、サングラスを外してシャツの胸元に掛けた。

「犬の名前だよ。チワワの、オスだ」

「……リョータねぇ」

 黄瀬涼太のその言葉のお陰で自らの過ちに気付いた笠松は、驚いた顔をして自分の頬をピシャリと叩いた。そして慌てて弁解を始める。

「バカ犬だからな! そんじょそこらにオシッコ引っ掻けるバカ犬なんだよ!!」

 足を踏み鳴らし、言い訳を必死に告げる笠松は挙動不審そのものだった。今年一番慌てているようにも見えた。鼻で笑った黄瀬は、男の肩を叩く。

「笠松センパイ、そんなにオレの事好きなんスか」

 顔を真っ赤にした笠松は、"リョータ"と云う名前が、黄瀬の名だと言う事を今思い出したのだ。今まで気付かずに後輩の名を犬に付け呼んでいた事が恥ずかしくなり、改名してやろうかを本気で悩んだ。

 髪を掻き乱し唸る笠松は、黄瀬からしたら堪らなく滑稽だった。


 ………………………


「青峰っち、PGやるって本当っスか?」

 空港のロビーから電車の駅に向かう二人は、大きな窓のある通路を真っ直ぐ歩いた。窓の向こうには滑走路が開き、遠くの方でジェット機が絶えず飛び立っていた。天気の良い今日は、絶好のフライト日和だ。

「いや……。無理だろ。そういう器じゃねぇ」

 バリアフリーの手すりで指先を滑らせながら歩く笠松は、黄瀬の質問に答えた。何処から仕入れた情報かは知らないが、黄瀬も元ライバルの行方が気になるようだ。現状、中国チームに勝つには青峰大輝が必要不可欠だ。――そう考える度に、昨日の試合中に彼が見せた雄叫びが笠松の脳内でリプレイする。

「あの人なら何でも出来そうなのに」

「テクニックの問題じゃねぇ。青峰はすぐシュートを打ちたがる」

 返って来たその言葉に疑問を持った黄瀬は、『青峰がシューターで居る事が悪だ』と言いたそうな笠松の心情を探る事にしたようだ。

「打たせれば良いんスよ。点が入れば一緒っス」

「そんな簡単な問題じゃねぇんだよ。……プロの世界は」

 青峰の肩の具合を黄瀬に教えて良いか判断付かない笠松は、別方面からのアプローチを始める。

「野球の安打王だって、本当はピッチング出来る人間が多いんだ。……でもバッターに徹する。一人が何でもやって良い世界じゃねぇ」

 プロの世界にもルールはある。彼等は広告塔にしか過ぎない。競技人口を増やし、経済効果を生み出すのが仕事だ。その為には、パワーバランスが必要になる。オールラウンダーを多数作るよりも、一人一人に各々の役割を与えるのが一番良い。

 そもそも、学生時代は一部のポジションへ力を注ぐ人間が殆どで、万能な才能を持つ者は殆ど存在しなくなる。それでも居ない訳では無い。例外は必ず出現するモノだ。

 今、笠松の前に立つ男もその万能の才能を持つ人間だった。彼の特殊な才能を一部に特化させたくなかった笠松は、自身の引退後、練習試合の度に黄瀬のポジションを都度変えさせるよう頼んだ。"キセキの世代"と呼ばれた天才を、最強のオールラウンダーにさせたかったからだ。

 ――皮肉にも、その判断が黄瀬を膝から潰したのだった。

「……それに、万能は潰れやすいしな?」

 だから、笠松は青峰の故障を誰より恐れた。また自分の軽率な判断で誰かを潰し、この世界から消えるのが怖かったのだ。目元を覆った笠松は、黄瀬に何て謝れば良いか判らずに困り果てる。

「……あーあ、戻りてェな」

 彼の気持ちを察したのか、黄瀬は両手を頭の後ろで組んで呟くようにそう告げた。笠松は大きな目を更に開き、何かを言おうとする。しかし、その"何か"が口から飛び出す前に、黄瀬はソレを遮った。

「――なんて、言って欲しいっスか? オレに」

 黄瀬は笑いながら笠松に尋ねた。瞬時に顔を真面目なモノに戻した笠松は、重々しくさっきの"何か"を黄瀬にぶつける。

「――戻っても、完全模倣だけは使うな」

 その答えに、黄瀬は整った眉を持ち上げた。どうやら解答がお気に召したらしい。もしココで笠松が「完全模倣で助けてくれ」と泣き付いたら、黄瀬は彼の前から姿を消しただろう。こうやって他人を試す性格は底意地が悪く、荒波を潜り抜けなくてはいけない芸能界にピッタリだ。

「お前も、身体が付いて行けなくなんだろ? ……今まで以上に」

 笠松は大きなガラス窓から外を眺めた。翼を広げた飛行機は、轟音を立てて離陸した。

「……お前も?」

 言葉の頭を取った黄瀬は、ふと一人の選手を思い浮かべた。最後に彼を見た時、身体に異常は無さそうだった。

 ――失恋で頭を丸めた以外は……。


 ………………………


 午後七時。インターホンに呼び出された家主は、カメラで相手を確認して大きな溜め息を吐いた。映っているのはスーツ姿の男。髪の毛は短く、恐らくは赤だ。白黒で不鮮明なカメラでも、見慣れた相手ならすぐに見分けが付く。黒いTシャツにジャージ姿の家主は、褐色肌の左拳でインターホンのカメラボタンを叩いた。

「よォ、どうした? こんな時間に」

 ドアが途中で開かないのは、チェーンを掛けたからだった。その用心具合に、来訪者は眉をしかめる。

「病院行ったか?」

 挨拶代わりに相手の肩について質問をした火神は、僅かな隙間から玄関を覗く。特に代わり映えの無い、ダイレクトメールや公共料金の検針表が落ちている汚い玄関だ。先日踏んづけて転びそうになった火神は「捨てろよ、ソレ。危ねェ」とアドバイスをする。

「軽い炎症だ。冷やせば治る」

 チェーンを外す事無く、青峰は質問に返事をした。火神は未だに玄関を確認し、家主以外の靴が無いかを探している。その姿に小さく舌打ちをした青峰の態度を、火神は見逃さなかったようだ。

「明日朝イチで、スポーツドクターに行け。怖くて行けねぇなら、一緒行ってやる」

 睨みついでに命令のような言葉を投げた火神は、一応青峰の身体を心配しているのだ。彼は恋人のような小言を冗談に乗せた。

「用はそれだけか?」

「あぁ」

 その返事を聞いた青峰が挨拶も無しにドアを閉めようとした瞬間、火神は挟まれる事覚悟で再度隙間に手を入れて阻止した。いきなりにドアを掴まれた青峰の肩が、小さく跳ねる。隙間から赤い瞳を覗かせた火神は、戦争を仕掛けるようなキッカケを口に出す。

「オレも……テメェから全てを奪う」

「……は?」

 ライバルの発言の意図が読めない青峰は、ノブを握ったまま火神の視線に刺された感覚に苛まれた。依然として広がらない隙間から狂暴な視線を送る火神は、ゆっくりと経緯を語る。

「ある人間に連絡を絶たれた。一方的に、このタイミングでだ」

「どのタイミングだよ? 待ち合わせブッチしたからだろ? そう言えば、ムリヤリ犯そうともしてたな?」

 勢い付けてベラベラ攻撃し出す青峰の発言を聞いた火神は、クツクツと喉を鳴らして笑い出した。

「……相手がなまえだって、よく判ったな? 今ので」

 その言葉で嵌められたのだと気付いた青峰は、ショックで半開きになった口を接ぐんだ。

「とにかく、アイツに関してなら……オレには関係無さそうだぜ。悪ィな、話も聞いてやれなくて。明日病院行くから、遅れるな。伝えといてくれ」

 火神から視線を外した青峰は、一気に捲し立てた。その行動が、火神の猜疑心を更に煽るのだった。

「……お前、気まずくなるとよく喋るよな?」

 探られ見透かされたような火神の態度に苛立つ青峰は、握ったノブが震えているのに気付かない。小さくカタカタ言う褐色の右手を眺めた火神は、口元に笑みを作った。

「元カレになまえを探らせる。今日会って来た。何か出てきそうだ」

「……探偵ゴッコか?」

 発言してすぐ奥歯を噛み締めた青峰は、苦々しい顔を崩せずに居た。褐色肌の彼は、追い込まれれば追い込まれる程にボロを出す人間のようだ。

「小さい頃、憧れたからな」

 一度ドアを閉めチェーンを外した青峰は、ジャージのポケットから何かを取り出し、玄関を開放させた。そして驚いた火神へ一枚のカードを差し出す。

「お前に渡してくれ、だってよ。一昨日預かった」

 そのカードは、火神がなまえに渡した電子マネーだった。家主のシューズしか転がっていない何時もの玄関を見渡した火神は、真っ直ぐに青峰を睨み付けた。そしてジャケットの両ポケットに手を入れ、拳を握る。

「……自分で渡しに来いって、そう伝えろ」

「オレは、もう会う気はねぇ」

「伝えろ」

 まるで一枚のカードが革命を起こしたように、勝者と敗者が入れ替わった。敗者である火神は、怒りを抑えた顔でアパートを後にした。


 ………………………


 時は遡り、八月二十七日。水曜日。午後一時四十五分過ぎ。

 昼下がりのファーストフード店は、夏休みを名残惜しそうに過ごす学生で溢れていた。呼び出してから三十分、遂に佐久間が火神の前に姿を現した。昨日見たTシャツに、下はハーフパンツ姿だ。彼は友達を見て、「せっかく家に着いた所だったのに」とタイミングの悪さを嘆いた。

「……日本代表が、何か?」

「座れよ。スカウトじゃねぇ」

 サングラスを外した火神の威圧感は凄かった。人間にオーラがあると云うのなら、男のオーラは熱さを感じる程に赤い。一般人と有名人の差を目の当たりにした佐久間は、少しだけ後退りをした。

「何か食うか? 腹減ったから買って来てくれ」

 ジャケットから薄い財布を取り出した火神は、少年に一万円札を渡す。その経済観念に勝てる見込みの無い高校生は、シワひとつ無いお札に目を丸くして驚いた。

「な、何食べるんですか?」

「チーズバーガー二十個と、コーラのL。氷無し」

 スマホを確認し、氷室からの着信に溜め息を付いた火神は、スマートフォンをしまいながらオーダーを告げる。明らかに人間の限界を超えたその量へ、佐久間は驚愕して「に……二十個?」と反芻をした。

 火神は、パシられにレジへ向かおうとした高校生の背中に、鍛え培った大声で補足を告げた。

「お前とお友達も食うなら、二十四個だ!」

「はぁ……」

 レジに並び店員へ「チーズバーガー二十四個。……店内で」とオーダーを通した佐久間は、引き吊った店員の顔を見逃さなかった。


 ――両手にチーズバーガーを持ち、貪るように食べる火神の姿は野性的だった。雑誌を飾る一流選手がファーストフード店の向かいに居るなんて、佐久間からしたら奇跡としか言い様が無い光景である。

「……なまえと、やり直したのか?」

 グシャリとバーガーの包みを握り潰した火神が呟いた。塵となった大量の包み紙が彼の前に溢れている。半分以上を食べたと言うのに、男は苦しそうな表情をひとつも見せない。そして飽きる事無く、十二個目のバーガーの包みを開いた。見ているだけの佐久間が、何故か胃の苦しくなる錯覚を感じた。

「あの、なまえちゃんとはどういう関係なんですか? どこで知り合ったんですか?」

「お前に知る権利はねェ」

 口にモノを入れながら、行儀の悪い火神は喋った。その返事にカチンと来た佐久間は、相手の立場や威圧感に負けないようテーブルを拳で叩いて声を張り上げる。

「フラれたんです! 俺は! 順調だったのに!」

 全て、全て全て全て……青峰大輝のせいだ。あの男が変にチョッカイを出したから、なまえの気持ちは遠くに行ったのだ。どうせ前に居るこの男だって、彼女へ変なチョッカイを出すつもりだろう。穴兄弟になりたいのなら、他の女性を当たって欲しい。

 大きな口で残りを頬張った火神は、咀嚼をしながらパンパンと両手を払った。そして赤毛の男は空になった口を開く。

「アイツ、お前の事大して好きじゃ無かったみてぇだぜ?」

 目の前の有名人と彼女の関係は分からない。でも少年は、挑発するような火神の台詞に怒りをぶつけた。

「貴方に関係無い! それと! 青峰選手に、彼女にチョッカイ出すの止めてとお伝え下さい! 女だったら一杯居るでしょ!」

「――SNSに書くんじゃねぇよ!!!」

 佐久間の怒鳴りに負けない……いや、塗り潰すように怒鳴った火神は、腕を組んだまま静まる店内を一瞥した。

 気が付けば、彼等の周囲には佐久間の友達三人しか座っていない。少し離れた場所は相変わらず賑やかで、少年は自分達の周りだけが取り残されているような感覚に陥った。――全て、目の前の火神大我が招いた結果だろう。無意識だったとしても、『流石だ』としか言い様が無い。まるで魔法だ。

「……お友達に忠告だ。オレは今プライベートだからな? 下手な事書き込んだら、訴訟沙汰になるぜ?」

 ジロリと隣のテーブルを睨んだ火神は、友人達がスマホと睨めっ子している事に戒めを出した。噛み合わない会話は、佐久間に向けたモノでは無かったのだ。その内一人の友人は、気まずそうにスマホを鞄にしまった。

「場所を移そうぜ。ホテルの部屋を借りてる。ソコでマンツーマンだ」

 幾ばくか残ったチーズバーガーは「怒って悪かったな」と謝罪を添え友人達に譲り、火神はハットとサングラスを身に付けた。

「……貴方に話す事なんか、何も無い」

 佐久間は移動を拒否した。いくら相手が憧れの選手だとしても……なまえの名を出された以上、関わるのは少年のプライドが許さない。しかし、火神は表情を崩さないでいる。反射したサングラスに佐久間の姿を映す。

「協力してくれ」

「だから!」

 佐久間は埒の明かない会話に苛立ち、また声を荒くした。火神がなまえをたぶらかすつもりなら全力で阻止するつもりだし、青峰となまえをどうにかしたいのなら、更にお断りだ。

 溜め息を吐いた火神は、サングラスを外して真っ直ぐな瞳で相手を見据えた。そうして嘘や偽りの無い事を証明した後、こう告げる。

「――オレもフラれた。なまえに」

 その台詞は予想を遥かに超え、佐久間の頭をショートさせた。

「行くぞ」

 組んだ腕と足を戻して席を立った火神は、佐久間の左肩を掴んで無理矢理にその場から退席させる。僅かに抵抗した少年だが、頭を整理するのを先決させたのか、やがて黙って火神に引き摺られた。

 残された少年三人は、目の前にあるチーズバーガーと二人の背中を交互に見つめ、目をパチパチさせた。

「……なまえさんって、そんな良い女なの?」

 誰かがそう呟いた。彼等もまた、意外な展開に頭を混乱させたのだった。