約一週間振りに部屋へ入室したなまえは、不機嫌そうに黒い貸出袋をテーブルに叩き付けた家主の背中を玄関から眺めた。今更後悔しても仕方無いのに、この再会に"相手からの歓び"が無い事が判ると顔を下げる。

「ソコが好きなら、ずっとソコに居ろ」

 出逢った当初のように冷たい口調で突き放された。渋々と大きなガーベラの花が付いたミュールを脱ぐ。去年の晩夏、セールで買った甘ギャルブランドの靴。当時中学生だった自分からしたら背伸びした気分になれたのに、一年も経てば周りの友人はそれよりも遥かにハイティーン向けのブランドを身に着けていた。

「映画でも観るんですか?」

 少し厚目のレンタルバッグへ視線を落とした彼女はそう問うた。しかし質問に対して無視されたなまえは、重い空気を和らげたくて更に言葉を続ける。

「ホラー以外なら大丈夫です! 観ましょう!」

 その提案を聞き大袈裟に溜め息を吐いた青峰は、唾を吐くよう乱暴に怒りを口にする。

「お前のせいで、観る前に返却になりそうだ」

 青峰はレンタル店の貸出袋をテーブルに置いたまま、コンビニの袋だけを小脇に抱えトイレへと向かってしまった。全く歓迎されない態度に火神の台詞を思い出す。


――正しく子供の相手出来る程、オレらは大人じゃねぇんだよ――


「……観れば良いのに」

 悪いとは思っても中身が気になったなまえは、その黒い袋のマジックテープをバリリッと剥がした。中には三本程DVDが入っていた。これ全部がホラーだったら、果たして自分は耐えられるだろうか? ドキドキしながら袋からケースを取り出した彼女は、ディスクに制服のはだけた少女を見た。

 しばらくすると水が流れる音が聞こえ、用を足した男が部屋へと戻って来るのだが、ソイツは少女の前にレンタルした商品が散らばっている事へ眉を怒らせた。

「何勝手に見てんだよ!!」

 勝手に中身を確認され頭に血が昇った青峰は、威嚇に怒鳴った。タイトルに困惑したなまえの前には【通学途中の痴漢電車】【女子●生、生中出し】【JK孕ませ三本勝負】と書かれた、豪華なラインナップが連なっている。

「じょ、女子高生が……好きなんですか?」

 その問い掛けに目を見開いた男は、数歩だけ後退ると入口へ後頭部をぶつけていた。強かに殴打した青峰は僅かに呻き、打撲箇所を押さえながらなまえを睨んだ。

「……関係ねェだろ?」

 と言いつつもこの男、実はそんなに女子高生モノに興味が無い。元々巨乳で大人っぽい女性がタイプなのだ。――では一体何が"彼の好み"を揺れ動かしたのか……それはきっと本人も知らない。

「あの……"イーディー"なのに、こういうの観るんですか?」

 レンタルDVDを指差したなまえがそう聞けば、青峰は更に激を飛ばした。

「何で知ってんだよ!!」

「お友達が」

 瞬間、青峰の頭にある友人の姿が浮かんだようだ。アイツ……余計な事を教えやがったな? 男の頭の中で対象の人物が、意地悪そうに口角を上げる。

「かぁ〜がぁ〜みぃ〜……」

 丸めて握られた本の表紙にまで『女子●生』の文字。ここまで露骨だと、現役の女子高生は益々恥ずかしくもなる。

 何もかもが面倒になったのか、男はベッドへ本を投げた。バサリと落ちたソレはフルカラーで、教室内部にてブレザーを着た少女が数人の男性に犯されていた。苦しそうな女優の表情に、イケないモノを見ている気になったなまえは、慌てて顔を背ける。

「お前、今日どうすんだよ?」

「……え?」

 見下すような視線を受け、行儀良く座っていたなまえは戸惑った。ここまで来て「やっぱり帰れ」と言われるかもしれない。例えどんな扱いを受けようとも、それだけは悲しかった。

「マジでウチ泊まる気か? 火神ン家の方が広いぜ? アイツん家金持ちだし」

 男は携帯をジーンズから取り出し、ポチポチと弄り出す。きっと火神大我に電話を掛けるつもりだ。

「いえ! 青峰さん家が良いです!!」

「何で」

 携帯から目を放した男が再度なまえを睨む。警戒心が強いのか、青峰大輝は中々打ち解けようとしない人間だ。

「…………何となく、です」

 その答えに携帯までベッドへ放った青峰は、自身もドカリと腰掛ける。そうして鼻で笑った後に呟いた。

「……また胸揉まれるかもな」

 冗談だとも気付かず顔を赤らめて俯いてしまったなまえへ、青峰は気になっていた事を口にした。

「彼氏は?」

「……別れました」

 その嘘の混じった返事に、男は「そうか」とだけ呟いてソッポを向いた。微妙な空気が、八畳の狭い部屋を満たす。それを打破しようと、なまえはある提案をするのに目の前のDVDを指差す。

「……観ても良いですよ? ソレ」

「言われなくとも、観てやるよ」

 空気に嫌気が差したのか、青峰はデッキへ借りてきたAVをセットした。戻る途中怒りに任せ投げられたケースは、バカッと床に跳ねた。

 しばらくは注意書と製作会社のロゴが映し出されるのだが、画面が変わりチンケな学園ドラマが始まった。

 有り得ない位に大人びた男子高校生が、セーラー服に身を包む美少女に声を掛けた。男優の演技が棒読み過ぎるのにも関わらず、青峰となまえはただそのやる気の無い寸劇を眺めていた。

 ベッドに腰掛けた青峰の前に、床に正座したなまえが居る。褐色肌の男は、チラチラ移る少女の後頭部に文句をぶつけた。

「…………邪魔なんだけど」

「すみません」

 謝罪した女は渋々腰を上げ、青峰の横に座る。育ちが良いのか、足を揃えテレビを注視し始めた。展開の早い寸劇は佳境に入り、女子高生役の女優は机に座り股を開いた。

「胸見せる位のサービスも出来ねぇの?」

 無理難題を言われたなまえは、胸元に手を置きオロオロした。横目でソレを見た青峰は眉の皺をより深くした。

「嘘だよ、馬ァ鹿」

 青峰は不満げに相手を野次り、またAVへ意識を向け始める。しかし女子高生にこんなモノを見せて良いのかと云うモラルを考えてしまい、入り込めないでいた。そして三十分掛けて吟味し、三本も借りて来た事を今更後悔する。

「…………お前さ、オナニーとかすんの?」

 青峰はなまえへデリカシーの欠片も無い破廉恥な質問をする。目を伏せ何も言わない少女は、ただスカートをギュッと握るだけだ。無理も無い。女性からしたら自慰の話は"性"と云うカテゴリーの中でも、タブーとされる話題だ。

「した事ねぇのかよ?」

 女の背が丸まり、顔と目線が下がっていく。耳まで真っ赤にさせた女子高生は小さく頷いた。

「もしかして触った事もねぇのか?」

 その質問から初めてなまえは口を開いた。

「――どこを?」

 カマトトにしては馬鹿馬鹿しいその返事に、青峰はズルリと頬杖からずっこけた。

「どこって……、アソコだろ」

 青峰がテレビを指差せば、丁度女優が股間を画面一杯にさらけ出し指で愛撫を受けていた。粗いモザイク越しではイマイチ何をしているのかは判らないのだが、なまえは目を見開き背筋を伸ばした。

「本ッ当に……ウブなんだな」

 信じられないと言わんばかりの顔をした男は、隣の迷惑女を性欲の対象と見たのか、生唾を飲んで口を開いた。ほんの少し声が震えているのはきっと――少女に純粋の向こう側にある欲望を見たかったからだ。

「触ってみたいとか……思わねぇの……?」

 なまえが息を飲んだその時、ギッ……とベッドが軋んだ。背の高い男が、少しだけ二人の距離を縮めた。なまえの心臓はバクバクと心拍数を上げる。頭の後ろが引っ張られるようにヂリヂリした。

 テレビから出る激しい喘ぎ声が、静かな部屋に響いた。女優のセーラー服は前開きになり、恐ろしく形の良いバストが覗いている。

「……脱げよ」

 そう命令する青峰から僅かに香水の匂いがした。残り香に近いが、まるで深海のように底のあるアダルトな香りだ。高校生にもなれば周りの男子も色気めいて香水を付けるようになるが、この香りにはきっと手を出せない。それがまた青峰大輝を大人だと実感させ、なまえは更に近付きたくなる。

 コレが大人の世界なんだ……――。コレを求めに少女は二時間弱電車に揺られ、こんな土地にやって来た。腰に手を回され、上半身がゆっくりとベッドに沈む。牛丼屋でのエスコートは下手な癖に、こういう場面では、女性の扱いが巧いんだ。




 ベッドに仰向けになったなまえは、明るい部屋でスカートと下着を取り払われた。現在、相手の顔は自分の股の間にある。「泊めてやるんだから」を強請に、こんな辱しめを受けている。

「……剃って良い? コレ、邪魔なんだけど」

 恥丘に生えた"陰毛"を数本引っ張り、青峰は問いてきた。そんな所を整える知識も経験も無いなまえは、男の希望に数回瞬きをする。回答も聞かずにベッドから巨体を上げた青峰は、ワンルームを出て行った。

 また何か機嫌を損ねてしまったのか不安になったなまえだが、数十秒後に男は戻って来た。シェービングクリームと剃刀を手にしながら。

「剃毛とか、マニアックだな」

 そう言って彼女の横に腰掛けた青峰は、クリームのボトルをカシャカシャと振る。従順に寝そべったままの女子高生はいきなりにも閉じた膝を開かれ、今までで一番大きな悲鳴を上げた。誰にも見せた事の無いポーズで、誰にも見せた事の無い部位を男の眼下に晒したなまえは、足をバタバタとさせ拒否した。

「やだ……! いや!」

「お前、暴れると怪我するからな」

 そう叱咤されながら足の間に冷たい何かを塗られる。恥ずかしくて顎を引けないなまえは、必死に天井を見ていた。視界の端に男の背中が見えるのが、凄く淫靡に思えた。

 ゾリゾリとおぞましい音が聞こえる度、ピリピリした痛みを感じる。その感覚が、剃毛をリアルな出来事だと訴え掛ける。何も言わずにただ手を動かし続ける青毛の男は何を考えているのだろうか……。

 異常な行為に興奮しているのか、ハァハァと青峰の口からは荒く乱れた呼吸が絶えない。その内に男は更に股関節を広げようとした。背中を丸め、女性器を覗き込む。申し訳なさそうに膣穴の周りを囲むソコの毛も黒く、陰毛だと目視で判る。

「あ……っ!」

 クリームを塗る為、性器の周りを人差し指でなぞると、少女はイヤらしい声を漏らした。性器を傷付けぬように親指で閉じれば、伸びた皮膚の上を剃刀が滑る。量が少ない為に、優しく擦るだけですぐ綺麗になった。

 テレビの中では、相変わらず同じAV女優が喘いでいる。彼女もまた下半身に毛が無い。

 すっかり剃毛を終えたソコは、AVのように完全な脱毛は出来なかった。彼が自分の脇を処理する時もそうなのだが、固い毛は僅かに芯が残る。……こんなモンか。ポツポツと黒い点が灰色を作る恥丘を見た青峰は、少しだけ冷静になれた。

 しかし無駄な毛を処理しただけなのに、なまえと云う少女が自分のモノになった気がした。体の良いお人形さんだ。肌は白く、皮膚の下には青筋がうっすらと見える。肉棒迎える入口も、黒ずみが殆ど無くプラムのような色をしていた。弄った事がないと言うのも、満更嘘では無さそうだ。

 リモコンでAVを停止した青峰はティッシュで恥丘を拭ってやり、何も言わずその場を後にする。ゴミ箱に剃刀を捨て、再度トイレに閉じ籠る。今夜もまた熱帯夜のようで、サウナのような熱気が身体を包んだ。

 便座に座る事もせずにボクサーパンツの中を確認した男は、股間が静かなのを見て壁に凭れ掛かった。――例え精神が興奮していても、身体は全く反応してくれない。

 随分と変態チックな事をした。今まで経験して来た"普通のオンナ"なら、腰を動かしてヨがるのだろう。挿入を催促する奴も居るだろう。……何なんだろう。少し喘いだだけで不動な彼女は、本当に経験が無いのだ。正しい感じ方も知らない。自らの喘ぎに驚くのだろう。自分は、こんな声も出るのだと驚愕するのだろう。

 オレは別に、処女を蹂躙するのが嫌な訳じゃない。勃たないなら指でも舌でも玩具でも何でも遣えば良い。ただ嫌なのは――……あの純粋さを砕く事だ。

 トイレの個室をノックされる。鍵を開けてやれば、恥ずかしそうにした女子高生が少しの隙間から顔を覗かせる。閉めてやろうかとも思ったが、腕を組んだまま睨む。

「…………トイレ貸して下さい」

 モジモジした相手の言葉に気が抜けた青峰は、わざとらしく溜め息を付いて個室から出た。