暗い室内に息苦しそうな呼吸が漏れた。泣きそうなその声の持ち主は、男の背中を強く掴んだ。

「駄目、ソコ……。入っちゃ駄目、準備が……。あぁ、イヤ、駄目!!」

「……黙れよ、ウゼェ」

 誤解されそうななまえの喘ぎを一喝した青峰は、かったるそうにベッドへ腰掛けテレビを鑑賞していた。二人の前ではホラー映画の主人公が、画面の中で不気味な洋館を探索していた。

 主人公が後ろを向いた瞬間、真っ黒い男が立っていた。その気味悪い見た目といきなりの展開に、青峰は少しだけ身体を跳ねて驚く。怖がりのなまえは、彼の背中にしがみついて悲鳴を抑えた。

「……もう観るの止めましょうよ!」

 少女は巨体の後ろ半分に隠れ、不気味な雰囲気を漂わせる画面をチラリチラリと確認する。音量が小さくて、テレビの中で何を話しているのかイマイチ分からない。退屈だと感じた青峰は、レンタルしたホラー映画をストップさせた。一時停止された画面には、気味の悪い人形が映し出された。青峰はリモコンの先でテレビを指す。

「こんなんビビってどうすんだよ?」

「ホラーは苦手って言いました! 大分前に!」

「だから観てんじゃねぇか」

 未だに青峰の背中にしがみつき、部屋着代わりのTシャツを掴み離さないなまえは、嫌がらせ目的の映画鑑賞を怒った。

「もっと楽しい事、させてくれんのか?」

 ベッドを軋ませ意地悪な笑みを見せた青峰は、相手を押し倒した。シャツのボタン上の四つを外した時点で胸元を開き、白いブラジャーを持ち上げる。

 なまえの胸に付いた乳首は可愛らしく、口に含むと芯が柔らかくて舌で簡単に潰れた。愛撫により次第に尖ってくる先端を、舌で器用にこねくり回す。AVで見た、舌先を突き出して舐め回すテクニックを真似する。アレは中々にエロチックな光景だった。彼は映像を思い出して、股間に熱を感じる。

「……ん、ん……っふ、んっ」

 急に始まった性行為に青峰の頭を撫でたなまえは、なるべくテレビを見ないように努力した。以前より短い髪には未だに慣れない。

「……エッチして良いか?」

 首筋に吸い付きながら自身の股間に彼女の手を誘導した青峰は、ジーンズの上から主張する性器を握らせた。半勃ちとは言え、パンパンにするには十分な質量だ。いい加減、完全に勃起する日も近いだろう。

 衣服を脱ぎ去り、彼女に密着しようと、青峰はのし掛かる。二本の腕を囲いにして、喉仏に触れる髪の感触を楽しんだ。相手の顔面に自身の胸板を押し付ける。こうすれば少女は青峰の素肌しか見えない。子供と大人のような体格差だから出来る、簡易的な鳥籠だ。ソレは男の征服欲を擽った。

 ろくに前戯もしない青峰は、女性器に肉棒を擦り付ける。ヌチヌチした滑りが亀頭を擦り、快感を生んだ。複雑な形状をしたヒダが絡まり、性器の侵入を阻止する。

「……んっ、ん、ん……っ、あっ!」

 芯が柔らかく折れそうだった男性器は、硬さを誇示してきた。男は開いた入り口を抉じ開けるよう、一気に膣内へ侵入させた。筋肉質な背中に回されたなまえの指先が、皮膚を強く押す。

 籠へ捕らえられた鳥のように、か細く鳴くなまえの声は、室内に反響する事なく男の胸元へと消えていく。重なった肌が体温を高くし、二人を興奮の世界へ誘う。彼女の下腹部から下は、汗と濡れ過ぎた愛液で卑猥な状態になっていた。グチャグチャと水音が跳ね、ついでにベッドを軋ませた。

「ゴム着けてねェけど、何も言わないんだな」

 内部の構造をダイレクトに感じた青峰は、眉根を寄せて喘いだ。

「……っ、は、あぁ……。ナカに、出すからな?」

 膣内射精する旨を伝えると、なまえは拒否した。

「やだ! だっ……ん、ダメ……!」

「どうすっかなァ? ……本当にダメか?」

 ダメと言いつつ、舌と唇で乳首を愛撫すればなまえは喘ぎ、結合部からは愛液が多量に吹き出た。濡れ過ぎた性器は出し入れするよりも、入れたまま先端で奥を擦った方が気持ち良さそうだ。なまえの太股を掴み、腰のグラインドを強くすると、彼女の喘ぎは更に高くなった。

「……ダメ! や……」

「……何がダメなんだよ?」

「もう、しな、い……! ダメ……あん、あっ!」

 青峰はその説得力の無い懇願を聞き流し、ただひたすらに膣壁の複雑さを堪能した。彼女の耳元で太い喘ぎを落とすと、入り口が締まった。

 絶頂に達しそうな男は、肉棒を膣内から引き抜く。白い腹の上で数度手淫をすると、性器は射精を始めた。先端が小さく痙攣する度に、青峰の腰から背中も微量に跳ねる。褐色の肌は汗に濡れ、場面で止めたテレビに仄かに照らされていた。

 腹部に熱い精液を掛けられたなまえは、着地点が悪く脇腹を通る体液の流れを感じていた。精子がシーツを墓場にする前に、彼女は手のひらで掬う。独特の香りが広がり、素肌に滑りある感触を覚えた。

「……お前、オレと付き合いてェか?」

 隣に寝そべり、倦怠感と戦う青峰が小さく呟いた。その言葉の意図が掴めず何も言えないなまえは、気紛れな相手の顔を見た。

「聞いただけだ」

 起き上がってティッシュを差し出した男は、少女の白い手が数枚の塵紙を取るのをただ眺めた。

「あの、私……――」

「セフレでも良いんだぜ? 変わんねぇだろ」

 首を左右に振り、最低な提案を却下したなまえは、告白に似た返事を出した。

「……彼女が、良い」

「だったら、今から言う事を聞け」

 家主はテーブルに置かれた相手のスマホを手に取り、持ち主へ放り投げた。綺麗に膝へ落ちた機器を見て、なまえは不安そうな顔をした。

「火神にメッセージを送れ。【もう会いません。迷惑だから連絡しないで下さい】って」

 その指示を少女は拒絶した。ソレは別れの言葉にしては酷く、相手を無駄に傷付けてしまう。真っ直ぐな好意を"迷惑"と切り捨てられる程、彼女は凄絶な性格をしていない。しかし、対照に位置する青峰大輝なら、そんな台詞……簡単に言い放つ。

「迷惑なんて、そんな!」

「良いんだよ。アイツ馬鹿だから、そん位言わねェと理解しないぜ?」

「連絡しないし、受けたりしないから!」

 必死に懇願するなまえは、昨日見た火神の痛々しさからこのまま目を剃らす事が出来なかった。

 火神は、平凡でしか無い一般人に救いと捌け口を求める位に孤立した人間だ。華やかな世界を、まだ知らない。知らない内なら傍に居ても良い気がしていた。――それは多分、火神に対する恋心にも似ている。

「勘違いしてんじゃねぇよ。火神の為だ」

 スマホから顔を上げたなまえは、暗い部屋で色黒の男を見た。まるで悪魔のような風貌だ。……でもなまえはこの男に惚れている。ソレは自覚するしか無い事実だった。

「火神はな……バスケしか無くなった瞬間、一番強くなる男だ」

 誰よりも強くなるには、己の全てを注がなくてはいけない。青峰は、この先火神大我が強者で居続けるには、バスケットボールの為だけに生きるしか無いと述べた。それは機械と同じだ。

「そんなの、……寂しいです」

「――寂しい? お前、男心を全ッ然知らねぇんだな?」

 その綺麗事を嫌悪した青峰は、なまえを批難した。

「アイツは、バスケ以外に何か抱えて器用に試合こなせる男じゃねェんだよ。お前の存在が、火神を内側から弱くしてんだ」

 火神は青春の全てを部活に注いできた。勉強を放り置いてでもバスケットボールに身を焦がした。周りがクリスマスで浮かれる中、国体へ出向き試合に挑んだ。受験戦争の最中、ドラフト指名をひたすら待った。日本とアメリカを行ったり来たりで、普通じゃない人生を歩んで来た。盲目的な恋に身を焦がす余裕なんて無かった筈だ。

 ソコに現れたなまえと云う女性は、火神を甘やかし駄目にするだろう。逃げ道が出来た瞬間、彼の緊張感は薄くなるのだ。

 "誰か"を守る為にバスケをするようになれば、今までの火神大我は崩壊する――。

「だから、火神をフってやれ。……アイツは誰よりも強くなる」

 最悪な理屈を飲み込むしか無いなまえは、膝に乗ったスマホを右手で掴んだ。


 ………………………


 ビジネスホテルの一室。笠松から連絡禁止を言い渡された火神は律儀にソレを守り、飛ばせなかったメッセージを思い出して溜め息を吐いていた。中国戦が伸びたとは言え、課題は沢山ある。――いの一番は、青峰大輝の今後だ。早急に肩の具合を知らなければ、チームの練習内容にも支障が出る。火神はスマホを握り、操作する。

 そのタイミングで、画面が切り替わり着信を知らせた。驚いて手から滑った機器はクッションに落ちる。青峰からかと身構えたが、写った名前はなまえのモノだった。

「な! どうした? あぁ、オレな、一軍に戻るん……――」

 「連絡するな」とは言われたが、「来た電話を取るな」とは言われていない。屁理屈で笠松の小言を丸めて捨てた火神は、嬉しそうに会話を始めた。

『もう、会えないんです。火神さんとは』

 笑顔のまま固まった火神は、危うく機器を床に落としてしまう所だった。慌てて握る力を込め、汗ばむ手のひらに緊張感を持つ。頭の中は混乱して、ショックによる痛みを伴っていた。

「会えないって何だよ? 何言ってんだ? なまえ!?」

 口から出る言葉から動揺を隠せず、"失恋"の二文字が頭をかする。自宅の寝室であの身体を抱き締め過ごした一晩を思い出した火神は、空いた手でシーツを掻いて握り締めた。

『ごめんなさい、好きな人が……居るから……』

「青峰だろ!? お前が傷付くだけだ!! 止めろよ!! なぁ、もっと利口になれよ!!」

 火神が言う"利口"の先に幸せがあるとは限らないが、男は考え直す事を懇願する。だって、青峰には手に入らない好きな奴が居て……恐らく、なまえはその幼馴染みの身代わりだ。それじゃあ誰も幸せにはなれない。

『もう、コレ切ったら……連絡しません』

「そんな事言わないでくれよォ! 頼むから!!」

 受話の向こうからすすり泣く声が聞こえた。彼女が泣いている。……また泣かせてしまったのだ。笑わせたいのに、いつもいつも苦しそうな結末しか迎えない。皺が寄る程にシーツを握った火神は、最後になまえの顔を思い出して告白の言葉を告げる。

「オレが幸せにしてや……――!!」

 その告白は、電子音で遮られた。耳に響く通話終了の合図が虚しさを加速させ、火神は通信機器を握った手をダラリと垂らした。

 ――電波に乗せた愛の言葉は届かず、火神の初恋が終わりを告げた。涙が出ないのは、実感が湧かないからだ。





《散々ですね。検疫検疫って……。僕でさえ、頭がおかしくなりそうでした》

 国際線での検疫を終えた人々がゲートを潜り、我が国日本へと足を踏み入れた。ウンザリした顔の美少年は、大きな目を擦り疲弊を露にする。サラサラな茶髪をたなびかせて通路を歩く。ショートカットの女性かと思う位に可愛らしい彼の横には身長が恐ろしく高い馬面な男が歩幅も大きく進んでいた。

《ドーピング検査も、ついでにして貰えば良かったな?》

 高身長の男は、目元が隠れる程に前髪が長い。髪色は黒で、肌の色は黄色。アジア人だ。手足が長く、特注のパンツスーツでさえ丈が短く、靴下が覗いていた。

《効率的ですね。流石です》

 身長180cmの美少年は、目と口を綻ばせて笑った。

《あまり持ち上げるなよ。マスコミ関係に転職したらどうだ?》

 前髪の隙間から細長い目が見えた。爬虫類を彷彿させるつり上がった細い眉も、彼の特徴だろう。面長な顔に似合わず、切れ味の良いナイフのような眼差しだ。

《貴方専門の記者なら、考えます》

 ウットリした顔を見せる美少年は、隣の男に魅とれていた。完璧な身体バランス。スーツ越しでも判る逞しさ。オーラ。……そして、強さ。世界一のプレイヤーである男に相応しい風格だ。美少年はソレに惚れ抜いていた。

《おだてたって、何も出ないぞ?》

《本心です。僕、貴方が大好きですから》

 "好き"に当てはまる単語を強調した美少年は、自身の華奢な腰を抱いた。足を止めた巨男は、少し顔を下げ目線を男色のような仕草をする美少年に合わせる。

《お前が女だったら、押し倒してた》

《生まれる性別を間違えました》

 発言が冗談なのか本気なのか全く区別出来ない程に歓喜する少年は、先に歩み出した恐ろしく背の高い男の背を眺め続けた。

《……貴方は、僕の最高のパートナーです。豹孚》

 燃えるような赤い瞳を黒い前髪で隠した紹豹孚は、空港の通路を颯爽と歩いた。ロビーまであと数メートル。微かにざわめきが聞こえる。……日本人はミーハーだ。中国が誇るスーパースターの姿が見えた瞬間、嵐のような歓声が轟いた。フラッシュが眩しく出迎え、記者達は押し合い圧し合い彼にマイクを向ける。黄色い声援以外、殆どがたどたどしい中国語。日本と云う国において、不可思議な光景だった。ちなみに、自国メディアの姿も多数見られた。

《気になる選手は!!? 紹豹孚!!》

 盛大な出迎えに機嫌が良いのか、スーパースターはその質問を向けた記者のマイクを掴んだ。

《――この世界で瞳が赤い奴は、俺一人で十分だ》

 紹に向かって沢山のフラッシュが瞬いた。黄色い肌は、光で白く塗り潰される。

《日本にも居るんだろ? 赤い瞳の奴が。……ソイツは俺が、ぶっ潰す》

 記者達は、その好戦的な言葉を手帳に書き込み、集音する。彼の言葉は和訳され、明日のスポーツ新聞を飾るだろう。

 ――……瞳が赤いと云う理由だけでライバルに指定された、"火神大我"の写真と共に。


  Till
  the end
  of time

  ‐END‐



 八月二十七日。水曜日。

 あるファーストフード店に三人のバスケットボール部員が一つのボックス席を占領し、本日早売りしたバスケットボール雑誌を眺めていた。特集は来月頭から本国で開催される"バスケットボールアジア選手権"だ。表紙を飾る選手は派手にダンクシュートを決め、赤い髪を個性として際立てた。

 昨日の練習試合について意見していた筈の三人は、いつの間にか身近な女子の話で盛り上がっていた。思春期らしい話題に夢中になる彼等は、上から質問が降ってくるまで部のマネージャーについて熱く語っていたのだ。

「May I help you?」

 いきなりの英語に少年達は顔を上げる。目の前に立つ男はビジネススーツに身を包み、目元にはサングラス、頭にはハットを被っていた。まるで海外ドラマのエージェントだ。身長もガタイの良さも外人特有のモノで、バスケ雑誌を慌てて閉じた三人は姿勢を正しくした。

「ア……アイキャントスピーク、イングリッシュ」

 一人が俯きながらナンセンスな英語を話し出した。鼻で笑ったスーツの男は、ハットを脱いだ。そして、その下に隠していた赤と黒の短髪を露出させる。

「……安心しろ。オレは日本人だ」

 ハットをテーブルに置き、サングラスを外した男の顔は、目の前の表紙を派手に飾っている。一人が本と人物を交互に見て、声を裏返した。

「かっ……火神大我? マジ?」

 赤毛の男は特徴的な眉を人差し指で掻き、逆三角の目を三人の高校生へ向ける。

「お前ら昨日の試合観に来てただろ? そのジャージ、見た」

 テーブルの中央に置かれた雑誌を捲り、自身の写真映りに舌打ちした火神は、三人の姿に昨日の観客席を思い出していた。コイツ等が居たかは知らないが、似たようなジャージは沢山見た。そして、話し掛けた少女の隣に居た男……元彼も、そのジャージを履いていた。

 両手をテーブルに付き腰を後ろに突き出した火神は、三人の顔を見渡して用件を告げる。

「お前等のチームに会いたい奴が居る。呼び出してくれ」

 サインをねだろうとスポーツバッグの中を漁る男子部員が聞いた。

「キャプテンとかっスか!?」

 左上に視線を向けて目当ての男についての情報を思い出した火神は、少し考えて思い出した名前を口にする。

「一年の、佐久間だ」

 ――目を丸くした三人は、各々顔を合わせて全員がスマートフォンを出した。