試合と試合の間にはインターバルが設けられる。時間はおおよそ四十分間。アリーナの電光掲示板は、第三試合に向けてカウントダウンを始める。そんな限られた時間の中、褐色肌の男が高校生の集団を掻き分け、エントランスを見渡し歩いていた。上は黒いTシャツに、下は青いジャージ。ジャージにはJAPANの五文字がプリントされている。彼はサインをねだられても片手で制止し、変わらずに何かを探していた。

「……どこ逃げたんだ? あのクソガキ」

 その男、青峰大輝は舌打ちをし、自身のファンだと言う高校生の台詞を聞き流してまた歩き出す。随分遠くまで確認しているその男は、目先の人物を無きモノにしていた。高校生達は青峰との交流を諦め、立ち去っていく。

《ミスター。財布を落としましたよ?》

 ふと、誰かに肩を叩かれ声を掛けられた。日本語では無い。恐らくは中国語だ。理解出来ない言語で話し掛けられた青峰は睨むように相手を見て、差し出された財布が自分の所有物である事を確認した。

「あぁ、悪ィな」

 異国語に日本語で返した青峰は、室内なのにキャップとサングラスを装着する男を不審な目で見つめる。身長は自分よりも高い。二メートル以上はありそうだ。

《盗んじゃいない》

 背の高いキャップ男は、アジア系の顔を洋画のようにおどけさせる。財布を受け取った青峰は、男が醸し出す何かを嗅いだ。匂いは匂いでも、ソレは強者が持つ匂いだ。ニヤリと口角を上げた褐色肌の日本人は、踵を返す。

「一週間後に会おうぜ?」

 彼は中国人にそう言って、また周囲をキョロキョロと見回し始めた。ジャージに財布と両手を突っ込んだ青峰は、エントランスにはもう用が無いのか、別な場所に向かった。

 キャップの異国人は、周囲からの注目を受けていた。彼はハハハ……と愛想笑いをし、片手を上げた。異国人は細身の女子生徒に手を振り投げキッスを贈るのだが、嫌な顔をされていた。それと同時に彼の傍に一人の男が現れた。煙のように現れた男は、全身が黒いジャージと云う素っ気ない姿をしていた。ジャージ姿の彼は、挨拶代わりに言葉を投げた。言語は中国語だ。

《女っタラシの糞野郎》

《お前は手癖が悪い》

 キャップの巨男は、身長175cmの黒ジャージに言葉を返した。青峰の尻ポケットから財布を盗んだのはジャージの男だ。キャップの男は、頼まれてソレを返却しただけである。

《ガキの頃の癖が抜けねぇだけだ》

 財布を盗んだ原因を生まれ故郷のせいにしたジャージの男は、中国の中でも荒れた地に住んでいた。窃盗をしなければ死んでしまう。広い国土には、そんな悲惨な地域だってある。

《金は盗まねぇよ。牢屋はもう嫌だからな》

 ジャージの男はニヒルに笑うが、童顔のせいでイマイチ格好が付かない。

《……代わりに、こういうモノを盗む》

 すいと出したのは一枚のカードだった。表面に病院名と個人情報が記載された診察券。キャップを脱いだ巨男は、サングラスを掛けたままに差し出されたカードを眺める。

《病院? あの選手、どっか悪いのか?》

 さっきの浅黒い選手を思い出した巨男は、診察券を見る為にサングラスまでもを外した。

《胃腸が弱い訳じゃなさそうだぜ?》

 日本語が読めなくとも、漢字で大体は掴める。二人は顔を寄せ、選手の名前を見た。背後に誰かが忍び寄って来たのにも気付かず、仲良く文字を眺めているのだ。

《尻ポケットに財布入れてウロ付くなんて、俺の故郷なら死にたがりのする事だ》

 ジャージの男が青峰を笑った瞬間、すぐ傍から何者かに話し掛けられた。

「返してくれ。知り合いのだ」

 ジャージ姿の男は、背後から声を掛けられた事に驚き急いで後ろを振り返る。気配を消して窃盗を働くのが得意な彼は、他人の存在にも敏感だ。――しかし、後ろに立って手のひらを突き出す日本人は、彼のセンサーを掻い潜って近くまで寄った。華奢な身体付きと灰色の髪も相まって、まるで病人のようだ。幽霊と言われても納得出来る存在感の透明さである。

「オレから、返しておく」

 表情ひとつ変えない幽霊男は、盗んだ診察券をその手から剥ぎ取った。そして灰色の髪を靡かせ、フラフラと背を丸めて歩き出す。

《忍者か? ありゃ》

 驚きに跳ねる心臓を押さえた巨男は、サングラスを再度掛けながらジョークを言った。

《……幽霊だろ》

 ジャージ姿の中国人はその冗談に乗っかる。……幽霊男の背中に書かれたJAPANの文字を睨みながら。





「――タイガ。自分の立場をわきまえろ。一人の女性にアピールして、世間を敵に回す気か?」

 青峰が誰かを探している間、火神は誰も居ない奥の休憩コーナーでスポーツドリンクを口にしていた。……氷室の説教をツマミに。

「何が駄目なんだよ? 好きなら好きで、良いじゃねぇか」

「ソレは結果を出してから言う台詞だ。勝たなきゃ、うつつ抜かした馬鹿野郎になるんだよ!」

 飲み終わった缶をゴミ箱に捨てた火神は、腕を組んで自販機に凭れた。背後のベンダーが、彼を煌々と照らす。火神は口を開き、強気の姿勢を見せた。

「勝ちゃ良いんだろ?」

 だが、ソレには"絶対"と言える確信が無い。だから氷室は再度説教を始めようとした。

「タイガ! 子供じゃないんだ!」

 そう声を荒げた時の事だ。誰も居ない奥の休憩コーナー、ソコから伸びる廊下の遠くから足音が響いた。二人は一定のリズムを刻む先を見つめ、黙り込む。壁の向こうから、真っ赤なジャージに身を包んだ男が姿を見せた。ソイツはつり目のキツイ細目で二人を捕らえ、口を開く。

「……懐かしい顔アルね」

「……劉? 何で?」

 氷室が口元を綻ばせた。ソコに居たのは高校時代のチームメイト、劉偉だった。彼の行方は卒業と同時に見失っていたが、どうやら氷室辰也と同じ道を辿ったらしい。

「中国代表アル」

 肩を竦め、胸元を指差すと黒いステッチで"中国"と書かれていた。同じく背中に大きな"JAPAN"の文字を背負った氷室は嬉しそうに頷いた。

「中国はどうだ?」

「まぁまぁアルね。空気は最悪アル」

 正直な劉は、表情変えずに氷室の質問へ答えた。そして、そのまま次の言葉を口にする。

「日本人は愚かだから、片一方を片付けないと、もう片方には見向きもしないアルね」

 劉偉のソレは、まるで何かを伝えるかのような物言いだ。しかし、信用に値する話かどうかはまだ判らない。

「……それはアドバイスかな?」

 氷室の笑顔が少しだけ変化した。瞳は冷たく燃え、対象を突き刺そうとするのだ。顔立ちの綺麗さも相まって、中々にミステリアスな表情だ。後ろで自販機に凭れる火神には、一生出来ない顔だろう。

「忠告アル。愚かな日本人に」

 そんな氷室の笑顔に負ける事無い劉は、捨て台詞を吐いて二人に背を向けた。昨日の友は今日の敵。氷室と劉は違うチームで、互いの国を背負って戦う事となった。ポジション的に重なる事は無さそうだが、二人の間に見えない火花が散る。

「そんなん言って負けたら、お前らはもっと愚かだな?」

 細長い背に濁った自声を当てた火神は、腕を組んだまま自販機から背を離した。振り返った劉は、そのニヤニヤした顔が気に食わないのか、踵を返してコチラへ向かって来る。

「お前、ムカつくアルな」

 近くまで寄り、火神の特徴的な眉を二〜三本掴んで抜いた劉は、「いでェ!!」と喚いた男の前で抜いた上眉を床に飛ばして捨てた。

「紹豹孚はスターアルね」

 オマケだと言うように、劉は再び氷室の方を向き、発言を始めた。

「星の輝きは一瞬だけど、爆発力は相当アル」

「今の、駄洒落か? 喋り方のせいでイマイチ格好付かねぇな」

 生意気言って劉にまた眉を抜かれる羽目になった火神は、再び静かな廊下に「いでェ!!」と云う叫びを響かせた。こだまのように反響した声が無くなる頃、氷室は劉に向かって口を開く。

「紹豹孚は来てるのか? ココに」

「スーパースターは、いつも遅刻気味アルね」

 ――今度こそ二人の前から姿を消した劉は、角を曲がる最後まで昔と変わらぬ黒い髪を靡かせていた。火神は恨めしそうに男の背中を睨む。……両眉を擦りながら。


 ……………………


「中国の選手が視察に来てる。さっきギャラリーに居なかったから、今到着したみてェだ」

 控え室代わりの食堂に戻った青峰は、結局目当ての少女には会えなかったようだ。だが思わぬ収穫を手に入れ、チームの主将へ報告をする。そんな話題に険しい顔をした笠松は、青峰に次の試合のオーダーを告げた。

「最後の試合は、火神を一軍に引き戻すようだ」

「何だソリャ」

「荒治療だったって事だ」

 監督が何を考えこのタイミングで火神を二軍に落としたのかは知らないが、とにかく火神大我は"何か"を手に入れた。そして少しだけではあるが、最強だった時代の風格を取り戻した。座ったまま首を後ろに反らし天井を仰いだ笠松は、静かに溜め息を吐いた。今の火神の存在は、チームにとって大きな要だ。本番までに維持させなくてはいけない。何せ今の火神大我は、思春期時代より反抗的だ。笠松の苦悩は絶えない。

「……診察券が無ェ」

 尻ポケットから財布を取り出し中身を確認した青峰は、ひとつだけ無くなっているモノに気付いた。状況読めない笠松が、話題を逸らされた事に両眉を寄せる。

「は?」

「いや、別に」

 笠松の詮索を受け流し、財布の中身を引っくり返すかのように確認した青峰だが、結局見付からず診察券を遺失したのだと諦めた。しかしその僅か後、彼の前に立った黛は神経外科の診察券を差し出した。目を見開いた青峰は、すぐに質問を始める。

「何でお前が持ってんだよ?」

「肩は完治したんだろ?」

 表面に記載された最終通院日は三日前の夜。どうやら青峰は合宿前日に神経外科に通っていたようだ。

「再発防止だ。何かあった後じゃ、困んだろ?」

 無言の無表情で診察券を返した黛は、お礼も無く受け取った相手を一瞥すると口を開いた。

「随分と大事にされてるんだな」

「……何がだよ?」

 肩に異常がある事を知られたくない青峰は、黛に厳しい視線を流す。

「再発防止に、半クォーターしか出ないなんて」

 舌打ちした青毛の男は、幽霊のような男から目を逸らした。無表情に詮索されるのは、心中を見透かされるようで気持ち悪い。

「……次は、もうバスケ出来ねぇからな」

 灰色の瞳は納得していないようだが、無言でその場を去った黛千尋は、椅子を引くと頬杖付いて腰を掛けた。持って来た本は全て読み終わったようで、指先でテーブルを叩いている。

「……あぁー、気味悪ィ」

 黛の細かい部分まで突っ掛かってくる態度に苛立ちさえ感じた青峰は、両腕を擦りながら文句を言った。時計をチラリと見た彼は、次の試合まで十五分しか無い事を確認すると、笠松の隣に乱暴に腰掛けて腕を組んだ。

「室ちんおかえり〜」

 紫原の声が入り口の方から聞こえた。今はガムを噛み始めたようで、大きな手で小さなボトルをカシャカシャ鳴らしている。その幼い行動を止めさせながら氷室は紫原にさっき会った懐かしい人物の話題を述べた。

「アツシ、劉偉が来てた。中国代表だ」

「やだ〜」

 ボトルをテーブルに置いた紫原は、肩まである紫の髪を垂らして突っ伏した。

「会いたいとか思わないのか?」

「中国のお菓子、不味いよね」

 その頓珍漢な理由に、氷室は呆れたように笑う。紫原の前に座った氷室へ笠松が質問をした。

「劉偉もレギュラーなのか?」

「さぁ? 判りません」

 だが、レギュラーの可能性は高い。更にはスターティングメンバーかもしれない。そうなったら身長的に厄介だ。日本代表の中で彼に太刀打ち出来る高さは、紫原しか居ない。

「ニメートル越えが二人か……」

「三人だ。オレが会った奴も、オレより背が高かったからな」

 青峰が会話に混ざる。彼はさっきエントランスで見た男を思い出した。ざっと目視で測っても紫原レベルだ。

「それに……背は低いが手癖が悪い奴もだ。ソイツは、ソコの馬鹿の財布を盗んだ」

 意外にも、黛まで中国メンバーの話題に入って来た。大方、読む本が無くて退屈しているのだろう。もしかしたら、財布が盗まれた犯行現場に居たのも、『ただ暇だったから』だけなのかもしれない。指差された青峰は「盗まれたのか? オレの財布は!」と驚いていた。

「お前に財布を渡した男以外に、盗んだ男も居たんだ。何見てたんだよ、木偶の棒」

 黛が口厳しい台詞を吐く。状況が飲み込めない青峰は困った顔をした。

「……見てたんなら言えよ、役立たずオタク」

「金に困ったら、お前の財布盗もうかな?」

 青峰の真向かいに座った火神は、馬鹿にした笑顔で盗まれた男を見下す。

「……るせェよ」

 まさか財布を盗まれるなんて……。気まずい青峰は、テーブルに置いていた財布を尻ポケットにしまって腕を組む。強気な姿勢が少しだけ痛々しかった。

「ハーイ!!」

 陽気な声と共に食堂へ現れたのは、オレンジ色した大きな猫だった。巷でよく見るキャラクターで、確か車に轢かれて地縛霊になった設定の猫だ。監督が抱えるソレは全てが布地で出来ていて、両脇腹にはポルトガル人の太くて白い指が何本もくっ付いていた。

「今頃持ってくんのかよ……」

 昨日カフェで見た火神は、そのヌイグルミの後ろに立つ監督にツッコミを入れた。

 その後食堂に姿を見せた通訳は、まるでスピーチを聞かせるかのように機械のような声を轟かせた。

「最終戦のスタメンは、中国戦のメンバーを出します。但し、後半は笠松を抜いてPGにダイキーを出す」

 その決断に全員が驚く。ザワザワと波打つ声が広がった。ポジションが不服なのか、青峰は立ち上がり抗議を始める。先日、ポストプレイヤーに徹したいと言っていたが、心変わりは無いようだ。

「嫌だ。オレはPGは、やらねぇ」

「青峰、何故だ?」

 笠松は威嚇を始めた選手を戒める。

「何でって? ヘタクソにパス出すつもりはねぇからだ」

 周囲を見回した青峰は、全員に目配せをした。ユニフォームを持つ者、持たぬ者……区別無く視線を合わせるが、殆どが向こうから目を逸らす。唯一睨み返したのが、火神と紫原だけだった。黛に限っては男に背を向け、顔すら見せない。

「自分で点取りに行った方が確実だ」

「オレに出す気は無ェのか」

 背を向けていた黛が口を開く。青峰は同意の台詞を言うまでも無いと思ったのか、彼を無視した。そのまま目線を最後の男に向ける。

「お前にもだ」

「……そうか」

 主将はゆっくりと口を開いた。笠松幸男はプレッシャーに弱い一面もある。大事な時にシュートを外す過去がある彼は、信頼に値しない。厳しい措置だが、バスケ及びスポーツとは実力主義だ。結果を望んだ通りに出せる人間こそが強い。強い人間こそが、求められる世界だ。強者は常に目立ち栄光の元に輝けるが、弱者は落ちぶれていく。

「シュートを打てるのと、決められるのは違ェ。中国のメンバーが分かった以上、確実にシュートを決める奴にパスを出さなきゃ、リバウンドで全部やられるぞ」

 常に頂点に君臨していたい青峰は、下手に慣れないポジションに付くのを嫌がる。特にPGなんて、他者に試合の行方を任せなくてはいけない。青峰大輝はコートで他人を信用しない。それこそが、彼が強者で居られる最大の理由でもある。

「オレはポストプレイに徹してェ」

 火神が鼻で笑い、同調の意を見せた。しかし清聴に演説を聞いた通訳は、スピーチを終えた男に残酷な結論を出す。

「ポストプレイヤーは、タイガーと敦で十分です。ダイキーは上がって下さい」

 訴えを拒否された青峰は、声を荒げて通訳に詰め寄った。

「ニ対三じゃ、リバウンドで負けるぞ!!」

「いいから、上がって下さい。貴方は確実にシュートが入る場所を見付け、パスを回せば良い」

 ――そうじゃない。簡単じゃない。青峰は歯に力を入れて食い縛った。誰も信じられない男は、信じられる場所を探すのも難しい。

「嫌だって言ってんだろ!!」

「時間です。行きましょう」

 通訳は、大きなぬいぐるみを抱えた監督と共に食堂を脱出しようとした。

「オレは嫌いなんだよ!! 策略とか、戦略とか!!」

 青峰はその背に怒鳴り声をぶつけた。彼が何を言おうとも、監督側は戦略を変えるつもりは無いらしい。

「貴方の好き嫌いは、掴むべき勝利には関係ありません。関係あるのは"出来るか、出来ないか"だけです」

「糞ったれ!!」

 その正論に言い返せない青峰は憤りで火照る身体から唾と野次を飛ばす。目元は痙攣し、指先も震えた。

「勝手な行動をしてチームを乱すなら、外野に下がって戴きますよ?」

 フラリと通訳から離れた青峰は、静まり返った部屋に堪えた笑いだけを響かせ、不気味な空間を作り出す。紫原は噛んでいたガムを吐き出し塵紙に包んだ。

「……それじゃ負けるぜ?」

《自惚れるな》

 監督の呟いた一言は、訳される事無く静寂に消える。意味が判った火神は、足を組み換えながら昨日聞いた『青峰がキーパーソン』である事の意味を考えた。しかし思慮の足りない男が、ソレの意味を明確に知る事は出来ない。

「ダイキーは、PGだ。今後も世界の舞台に立ちたいなら、言う事を聞くべきです。貴方は、自分の為にも」

 彼等はそれだけ告げると、青峰の嫌いな"戦略"の詳細も告げずにその場を後にした。それに合わせるよう選手達は食堂を後にする。





 最後まで食堂に残った火神は、スマホを宙に放ると上手にキャッチした。

「なまえ、帰っちまった。せっかく格好良いトコ見せようって思ってたのによォ」

「大事な時期だぞ。スキャンダルは控えろ、タイガ」

 先程散々説教した筈なのに、幼馴染みはすっかり忘れてしまったようだ。火神はスマホのメッセージに返事を打ち始める。一緒に残った笠松が眉を上げた。

「はぁ? 火神、お前何考えてんだよ!」

「しかも、相手は一昨日の高校生」

 ウンザリした氷室は告げ口をした。"高校生"と言う単語をつい先日も聞いた笠松は、頭を抱えた。そうならば最悪だ……。笠松は火神の気持ちが"好き"に昇華しない事を願うのだが、ソレはもう遅かった。

「将来有望だろ?」

 何も考えていないのか、火神は自慢するかのように親指を立てた。その軽い態度に、笠松は呆れながらも怒る。

「知るか! 馬鹿!! 選手権終わるまで連絡禁止だ!!」

「はにゃっ!!?」

 後は送信するだけのメッセージを手に、火神は間抜けな顔をした。二軍から戻れた安堵が緊張に勝ったのか、火神大我はこれから試合だと云うのに気楽な態度で居る。……他の人間はピリピリしていると言うのに。

「――調子に乗るからだ、火神」

 項垂れていた青峰が不気味に笑った。突如混ざってきた男を未だに許していない火神は、不躾な眼差しを男へ向ける。

「ナンパで高校生引っ掛けた奴が言う台詞かァ?」

「駅前でメソメソ泣いてたから、声掛けてやったんだよ」

 『泣いていた』と言う単語に眉を潜めた火神は、胸が痛んだ。

「だからって、泊まる必要はねぇだろ?」

「約束ブッチした男の代わりに、浴衣脱がせてアンアン言わせてやったぜ? 誰の為に用意したんだろうな? 浴衣なんて」

 挑発するような青峰の発言に、火神は食い縛った歯を剥き出しにする。その一触即発な雰囲気に、今度は氷室が頭を抱えた。笠松は青峰の性行為を仄めかす台詞に目を丸くした後、気付いたかのように心配事を口にした。

「……写真、撮られてねぇよな!?」

「知るかよ」

 記者の事なんか全く気にしない青峰は、質問へアッサリと答える。もう関わるだけ無駄だと悟ったのか、何も言わない笠松は首を振って食堂から退室した。

「火神、抱いて欲しい奴を抱いたんだ。恨むんなら女ァ恨めよ」

 その一言に正気を無くした火神は、怒りに任せ青峰の首を掴み、力を込めて相手の気道を締めた。

「青峰ェェェ!!」

「タイガ!!」

 氷室に身体を羽交い締めにされ手を離した赤毛の男は、息遣い荒く青毛の男を睨む。

「オレのだって、散々言っただろ!!!」

 咳で気管を広げた青峰は禍々しい瞳を火神へ向け、口元に弧を描いた。

「……奪ってやる、火神。お前から何もかも」

 八つ当たりに似たその宣戦布告は、火神大我の意識を怒りと焦燥に駆った。氷室に引き摺られるように食堂から出た火神は、最後まで青峰を睨み続けた。

 一人残された青峰は、誰かが引き忘れた椅子を思い切り蹴り上げ、軋む度に痛みを生む肩から止まない怒りを逃がそうと咆哮したのだった。