狭い単身者用の浴室でシャワーを浴び、男モノの清涼な香り強いシャンプーで髪を洗えば、頭と身体がサッパリする。しかし鏡に映った自分は化粧が落ち、完全に"お子さま顔"に戻っていた。

 浴室から出て、洗面台の前に立つ。そこはまるでごみ箱のようで、空になった洗剤の容器が数本投げてあった。バスタオルで髪を拭くと、Tシャツの上に婦人用の大人っぽい下着が置いてあった。畳んである辺りが恥ずかしい。広げたソレは左右が紐状になっていて、なまえは目玉が飛び出るかと思った。

「あの! 私の服は!?」

「洗ったよ、んなの」

 扉の向こうから男性の低い声が聞こえる。

「ブラジャーは!!?」

 悲鳴に似た声で叫ぶと、ワンルームから家主が顔を出す。バスタオル一枚頭に被ったなまえは、素っ裸を見られ慌てて胸元を隠した。――絶対見られた、濡れたままの肉体を。

「……………やべぇ」

 サッと扉を閉めた男は、何を以て『ヤバイ』と思ったのか教えてくれなかった。思わず全裸を見られたなまえは、優雅に回る洗濯機を八つ当たり気味に睨む。羽織った大きなTシャツは膝上十センチまで丈があり、まるでワンピースのようだ。

「シャワー、ありがとうございました」

 ワンルームに戻るとそこはクーラーが効き、まるで天国だ。胸元をバスタオルで隠したなまえは、ベッドに座る男の隣へ腰掛けた。名前も知らない男は、公共料金の明細を見て雑に床に捨てた。丁度そこには、上部に家主の名前が記されている。

「青峰……、大輝……? 青峰さんって言うんですか?」

「あぁ」

 名前を呼ばれ愛想の欠片もなく返事した青峰は、ベッドから立ち上がると窮屈そうに身体を伸ばした。そしておもむろに着ていたTシャツを脱ぎ、裸体を彼女の前に晒す。

「うげっ……」

 青峰大輝の肩幅は広く、胸元は盛り上がっている。腕も引き締まり、その下にはきっと筋肉が詰まっているだろう。腹筋もシックスパックに割れている。太い腰回りでも、括れはある。

 なまえは、その男らしい肉体が気味悪く見え、自分が筋肉付いた所謂マッチョが苦手だと悟る。そう言えば今まで好きになった芸能人も男性も、全て細身なタイプだった。

「先に寝てろよ」

 バリバリと腹を掻き、男は消灯を豆電球にした。薄暗いオレンジの光が、部屋の輪郭を僅かに教えてくれる。

「もう寝る時間……?」

 時計は日付を越えた辺りを指していた。青峰大輝と出逢ってから二時間が経とうとしていた。時間の早さになまえは唖然とした。

「お休み……なさい」

 その挨拶に返事は帰って来ないのだが、青峰大輝と云う男は鼻歌歌いながらワンルームを後にした。





 シングルベッドに二人が横になれば、密着度も高くなる。お互いが背を向け寝る体制に入る。しかしこうも暗闇だと、背後の人物が身動ぎする度になまえの心臓は跳ねてしまう。シーツが擦れ、低い咳払いや、深く息を吐く音が聞こえる。

 静かな部屋に堪えられそうに無い気がしたなまえは、話題を振ろうと「……あの!」と話し掛けるのだが、それと同じタイミングで古めかしい携帯が持ち主を呼び出した。

「悪ィ……。電話」

 折り畳み携帯を握った青峰は、ベッドから腰を上げると部屋を出ていってしまった。閉められた扉の向こうで通話を始めた男は、低い声で誰かと話している。――彼女だったらどうしよう。それこそ迷惑を掛けると云うモノだ。会話の内容が気になるが、聞き耳を立てるのも卑しいのでその低い声を理解しないように意識を散らす事にした。そうもしていると、通話は終了したようだ。

「…………ッし」

 大袈裟に溜め息を吐いた家主は扉の向こうでそう呟き、小さく気合いを入れたようだ。何の気合いか彼女には分からない。ただ迷惑なだけなのか、不安にもなる。

 ワンルームの扉が開き、床を歩く足音がコチラへ近付いて来た。

「…………寝たか?」

 クーラーが冷気を吐き出す音に重なり、低い声でそう問われた。極度の緊張で声が出ないなまえは、頭を振り質問へ答える。暗闇で動きが見えなくとも、ガサガサと髪が擦れる音で反応があるのは判るだろう。

「……明日、オレの知り合いが送ってくれるってよ。良かったな、ソイツがドライブ好きで」

 小さく掠れた声でそう告げられた。この男は、どうやらコチラの帰宅をどうにかしてくれたようだ。これで明日以降困らなくて済んだ。わざわざ自分の為に動いてくれる彼等には感謝してもしきれない。

「ありがとうございます……」

 ヒソヒソした声でお礼を言うと、相手は鼻で笑ったようだ。こうやって小声で会話をすると、まるで修学旅行やお泊まり会を連想させ、少し楽しくなった。

「何で家出したの? お前」

 男はベッドに腰掛けたまま、彼女へそう質問をした。

「彼氏と喧嘩して、気付いたらアソコに居ました」

「……ガキの癖に、彼氏持ちかよ」

 家出の理由よりも、彼氏が居る事に反応した青峰は大袈裟に溜め息を吐いた。先の牛丼屋で、少女が高校生だと知った時の彼は、目を丸くし頭を抱えていたのだが、今は状況を上手く飲み込んだらしい。

「あの……青峰さんは?」

「いねぇよ、悪かったな」

「え? 嘘、別れたばっかとか?」

 性格悪くとも、男は見た目でモテそうだ。外人のような頭身整ったルックスに、爬虫類系の強気顔は鑑賞するには持ってこいだ。しかし高過ぎる身長と、全てを拒絶するような睨みが女性を怖じ気付かせるのかもしれない。

「好きな女にフラれたんだよ」

 ポツリと呟いた青峰は、大きな背中を丸めてガクリと頭を垂れた。

「片想いですか?」

「……るせぇよ。ガキの癖に、知った口聞いてんじゃねぇよ」

「すいません」

 こうやってなまえは謝ってばかりだ……。二人の間にまた無言が訪れた。設定温度が低いのか、身段々と身体が冷えてきた。なまえは肩まで毛布を被る。やはり雄臭い。父親や、はたまた学校の先生のような香りが自分を包む。

「何時から付き合ってんの? 彼氏と」

 二人のヒソヒソした声は、気付いたらいつも通りの声量に戻っていた。

「一ヶ月前からです。夏休み入ったら、一杯遊ぶって約束したのになぁ……」

「遊ぶって、何すんだよ?」

「映画観たり、買い物したり、プリ撮ったり?」

 異性とデートをした事がないなまえは、友人の言っていたコースを思い出しながらそう答える。青峰はその内容に興味無さそうな顔をして、素直な感想を呟いた。

「何が楽しいんだ?」

「青峰さん、デートって何するの?」

「メシ食って、部屋でゴロゴロする」

「……普通」

 大人のデート内容が思ったよりもシンプルで、なまえはガッカリした。もっとこう行動範囲が広く、夜景やイルミネーション等綺麗なモノの下で愛を囁き合うモノだと思っていたし、そんなデートに憧れや夢を馳せていた。

「彼氏とは、ドコまで進んだんだ?」

「……進んだって?」

 青峰の質問に少女は首を捻る。だが……すぐに言葉の意味を知ったなまえは、慌てて言葉を濁す。

「――あ、あの……私、その……」

「お前、経験ねぇの?」

 ギシッ……とベッドが軋んだのは、青峰が体勢を変えたからだ。彼はまた布団の中に潜り込んで来た。

「経……験……?」

「"処女"か、って……聞いてんだよ」

 右腕を立て、頭を支えた男は色めき立った話題を躊躇も無く始めた。ガバッと首を曲げ男の方を見ると、相手は無表情のままにこう言った。

「処女とスんのは初めてだな、オレ」

 豆電球の僅かな光が二人を照らして、緊張感を高めた。この部屋には男女の自分達しか居なくて――剥き出しのまま床に投げられたアダルトなDVDが、男の性欲を主張している。

「……あの! 私、そんな……!!」

 捻った首を戻し身体を強張らせたなまえは、自分の心臓が耳に付いたかのように煩い脈音に唾を飲む。もし――青峰がこう言うのを目的にし、自分を泊める【神様】になったのならば、彼女に拒否権など無い。

「冗談だ」

 有難い事に男は仰向けになり、目を瞑る。そして寝る態勢に入ると、思い出したようにある事を口にした。

「お前喋り出す時、必ず『あのっ』て言うよな。口癖か?」

「……違います」

 壁側ギリギリまで寄り、狭さに苦しむなまえは、自身の口癖を否定した。

「まぁ、何でも良いけど」

 そう告げ再度背中を向けた男は、静かに寝息を立て始める。ようやく貞操の危機から安心出来るようになったのは、数分後に隣からイビキが聞こえた時だった。





 枕元で充電して貰っていたスマホが、フルチャージを知らせてくれた。早速手に取り側面を押すと、眩しい光で目が痛んだ。ロックを解除すると、メッセージが一件届いている。相手は今朝喧嘩した彼氏からで、謝罪の言葉が綴られている。

 相手は自分を宥めてくれるのに、私はこうやって知らない男性と一夜を共にしている……――。寝転がりながらメッセージを眺めていると、罪悪感と背徳感がジワジワと押し寄せて来る。それと同時に、自分が大人になったような達成感も頭を過った。

 彼女が複雑な感情にボンヤリしていると、背後がゴソゴソし、隣で寝ていた青峰が目を覚ます。

「――……携帯弄んな、眩しい」

 逞しい腕が背後から伸び、自分の手に相手の手が重なる。そうして寝惚けた青峰は、スマホを布団に押し付け、光が漏れないようにした。男の手が甲に触れただけなのに心臓が煩い位に騒ぎ出す。筋肉でバキバキに太くなった腕が身体のすぐ上にある。より密着した青峰の息遣いが首筋に掛かり、身体がビクリと跳ねた。

 無言の室内にエアコンの音と二人分の息遣いだけが聞こえる。男の手が、ジリジリと後ろに下がりなまえの胸元で止まった。そのまま当たり前かのように、柔らかい膨らみの片方を掴んだ。ブラジャーも着けていないなまえは、布越しに判る体温に緊張がピークに達するのを感じる。

「……っ、や。やめ……」

 突如始まった愛撫に、彼女は抵抗すら満足に出来ない。荒い息が耳に届くと、少女の意識は性行へと向く。多少の覚悟はしていたが、いざ始まると熱に浮かされ何も考えられない。

 成長途中の乳房を乱暴に揉まれても痛いだけなのだが、シチュエーションに酔ったなまえの身体はビクビクと跳ねる。ソレを感じているのだと誤解した青峰は、更に手を強めた。グニャグニャと自在に形を変え円を描かれる乳は、男に蹂躙され放題となった。

 右手でうなじに掛かる髪を退けた青峰は、その色白な肌に真っ赤な舌を付け舐めた。ヌルヌルした初めての感触に、少しだけ上擦った声が出たなまえは口を押さえる。

 首の後ろを温かいモノが蠢くと、ジンワリと沁みる擽ったさに全身が小さく痙攣する。まるでソコが、少女の性感帯だと知っていたかのような愛撫だ。

「……っん、ん……」

 捏ねられて皺になったTシャツを引っ張り真っ直ぐ平らに伸ばした男は、すっかり勃起して存在を主張する乳首の形を布越しになぞり出す。周囲を指先でゆっくり擽り、焦れるような動きを繰り返す。痛いだけの前戯に気持ちよさが生まれ、逃げ出したくなった。

「……勃ってる」

 囁かれた台詞は甘く、低い声がまるで『淫乱だ』と示唆する。たった四つしか違わないのに、青峰となまえには圧倒的な余裕の差があった。男性と密着した事がない少女は、自分の首回りと乳房を触られただけで頭がオーバーヒートしそうだ。

「……コッチ向けよ。キスしてやる」

 乳房から離れた手は顎を掴み、強引に首を振り向かせる。そのまま身体を仰向けにしたなまえは仄暗い部屋で青峰の身体を見た。タンクトップから伸びた腕は逞しく、暑苦しさと男らしさを押し付けられているような気分になる。

「……キスは、嫌」

「――るせェ、黙れよ」

 唇にキスが落とされるかと身構えたが、青峰の唇は顎を過ぎ首筋へと向かった。柔らかい感触を感じた後、ビリッとした痛みが一瞬やって来た。

 そのまま、また性感帯を舌で犯し始めた青峰は動く度にベッドを軋ませた。左手が服の中に侵入する。冷気ですっかり冷えた身体に染み入るように手のひらの熱を感じた。

「やっぱ肌が違ェな、女子高生様は……」

 若い少女特有の吸い付くような肌質に感動を漏らした青峰は、胸元までシャツを捲り上げてオレンジに照らされた身体を眺めた。彼女の肌は常人より白く、血管が透けるように透明感がある。日に焼けて一般的な黄色人種より黒い青峰大輝とは、まるで対称的だった。

 後は無言で胸の先端部へむしゃぶり付いた青峰は、すっかり固くなった乳首を遠慮無く舌で転がす。それは誰にも弄られた事がない、綺麗な場所だった。

「――っ……! んっ、あっ!」

 激しい舌遣いに腰が浮き、なまえは無意識に男の頭を抱えていた。足が爪先まで伸び、何故か股間部分がキュンと震える。ヘソの裏側が重くなる感覚は、身体が雄の遺伝子を欲しがっている証拠なのだが、純情ななまえには判らない。ただ身体の変化に怯えるだけだ。

「なん、……か変……。お腹と足が、ヘン……」

「感じてるだけだろ?」

 "肌を重ねる"とは、こういう事だ。相手の息遣いや体温を間近に感じる。だからこそ人は、求められている感覚に悦びを感じるのだ。大人な世界に足を踏み入れた幼い女性は、不思議の国に迷い込んだかのように戸惑う。

 いつの間に、男の手が下半身に伸びていた。布越しに敏感な場所を引っ掻くとまるで電流が走るような気持ちよさが背筋まで駆けた。今日一番の喘ぎを聞かせたなまえは、慌てて口を塞ぐ。鼻で軽く笑い飛ばした男は、人差し指でふっくらした海綿体を強く押す。痛みと快楽に腰が動くのだが、それは無意識下の行動だ。

 紐で結ばれた下着は、片側を引っ張れば簡単に解け辛うじて片方の結び目がソレを下着として機能させていた。だから青峰はもう片方の結び目にも手を掛ける。その瞬間、彼女に残った僅かな理性が「駄目……」とソレを阻止した。

 盛り上がる二人を割くように、彼女のスマホがメッセージの着信を知らせた。画面中央に写し出されたその内容は【彼氏】からで、連絡を寄越さない少女を気遣う不安気なモノだった。

 横目でソレを見た青峰は紐に掛けた手を退け、覆い被さっていたなまえの身体から離れた。目を伏せた男は、泣き顔に近い相手を気遣う事もなく、また横になった。

「――……返事、返してやれよ」

 そうだけ呟き、青峰はまた寝息を立てた。息と頭を整えるのに必死ななまえは、スマホを覗くと彼氏にメッセージを送った。

【大丈夫。帰ったら連絡します】

 素っ気ない内容は、もしかしたら相手を不安にさせるかもしれない。でもそんな事を気遣える程、今の彼女に余裕など無い。