――両手一杯に捌ききれなかった花火を抱えた黒子は、後部座席で眠りこけていた。その横で女子高生も寝息を立てている。元々体力の無い二人は、遊び疲れたのだろう。静かな車内は、揺りかごのように穏やかだ。 誰も何も言わない空間で、カーオーディオがボリューム低く洋楽を流していた。気にしないと、エンジン音に紛れる程に小さい。 「……お前さ、桃井が彼氏と上手くいってねぇの知ってるか?」 火神が一人の女性の名を出せば、頬杖突いて窓の外を眺めていた青峰の肩が反応を見せた。ずっと黙っていた青毛の男は、数十分振りに口を開く。小さく舌打ちをした理由を、火神は知らない。 「何時からゴリラの飼育に飽きたんだ?」 「昨日、相談された。……オレが彼氏に似てるからだよ! アイツがそう言ってた!!」 恐い顔して身を乗り出した青峰を宥める。 ――桃井さつきは、数日前に若松孝輔と喧嘩をした。彼女にも傲った部分があったのだろう。思わず口走ってしまった「別れる!」の言葉に、若松が同調したのが始まりだ。よくあるカップルの痴話喧嘩だが、別れの了承にショックを受けた桃井は、あれから若松への連絡を絶ってしまったと言う。 「チャンスじゃねぇか、青峰」 ハンドルを操作しながら長い直線道路を走る火神は鼻で笑い、青峰を励ます。そして青看板で進行方向を確かめ、左にウィンカーを出した。 「何がだよ?」 青峰大輝は素直じゃない。内心、今すぐにでも桃井へ連絡して問い詰めたい筈なのに、男は携帯すら握らない。左折の遠心力で身体が左に引っ張られ、上半身がユラユラと揺れた。 「お前に連絡するように言っといてやる」 「余計な事、すんな」 火神の気遣いを冷たく切って捨てる青峰は、それ以上を言えずに視線を左に剃らす。 「来週からは選手権の練習で忙しいって言ったからな。明日にでも連絡行くかもしんねぇな?」 窓に流れる対向車のライトを眺める青峰は、火神の話題を"無視"で切り上げる事にした。再び静寂が訪れ、二人の仲を違える。 「追い出す位なら、オレが預かる」 ハッキリ述べられた火神の【決意表明】は、酷く遠回りで判りづらい。たった今、火神大我は保護者である青峰大輝へ、なまえを自分に譲るよう申し立てた。大方、スムーズに許可を得る為【桃井さつき】を出したのだろう。火神大我は、タイミングと運に恵まれた男である。 「駆け引きが巧くなったな」 渇いた笑いを漏らした青峰は、バックミラーで後部を確認する。起きる気配が無い両者は頭を垂れ寝息を立てていた。 ………………… 「――オイ、着いたぞ。起きろ」 アパート横に路駐した車は、ハザードで暗闇の一部をオレンジに染める。青峰は前座席から身を乗り出し、後方に座るなまえの身体を揺らす。 先に起きていた黒子も、彼女の肩を優しく揺する。ようやく目を覚ました女子高生は眠たそうに目を擦り、また頭を下げる。その様子に助手席の男は呆れた声で怒る。 「ココで寝るなよ!」 「なら、寝かしといてやれば良いだろ?」 運転席の火神がそう言えば、青峰は軽く睨み助手席から降りた。そして後部スライドドアを開け後ろ向きに座席へ座り、小さな身体を背負う。 「じゃあな」 「……青峰君も、負けず嫌いですね」 落とさないように少女を背負い直した青峰は、黒子の嫌味に返事が出来なかった。火神の方は見る事すら憚る。自分と思考回路が一緒と云うのなら、拳を握りコチラを見送りもしないだろう。それで良い。いっそソッチの方が有り難い……――。 青峰は、ドアが閉まる音を背後に聞きながら歩き出した。そうして何故少女を背負っているのか、己の行動は自分でも理解に苦しむ。火神の言う通り、向こうに預ける方が互いの為だ。もし、桃井から連絡があったら……その時自分は、背中で寝息を立てる女をどうするつもりだろう。 階段を昇った途中に、背後から微かな声を聞いた。 「……もう大丈夫です。降ろして、下さい」 「寝た振りか?」 「……違います」 言葉とは裏腹に背中の密着は変わらず、首回りに巻き付かれた腕は、更に力が入った。 ………………… それは、部屋に着いてすぐだった。寝惚けた身体を背後から抱きすくめられたなまえは、ベッドに沈む。スカート翻し伸びてきた右手は、内股を撫でた。汗ばんだソコを這うように昇り、二本の長く太い指が下着から敏感な場所を捕らえる。わざとらしく身体が跳ねてしまった少女は、恥ずかしさに息を荒くする。背後の男も口から吐息を漏らし、首筋を擽る。 右耳に柔らかく生温いモノが貼り付いた瞬間、自分の淫靡な声が喉を震わせた。ダイレクトに跳ねる湿った音に背筋がゾクゾク痺れてしまう。耳殻を犯される感触は、キスも未だに慣れないなまえからしたら刺激が強過ぎた。腰が砕けそうになり、ベッドに顔を埋める。追い掛けるようにくっ付いた青峰の舌は軟体動物のように蠢き、奥まで侵入しようとする。 「――火神、気に入ったみてぇだな」 「……か、火神さ……ん? 何を?」 直接吹き込まれるような低い囁きに、声が跳ねてしまう。息絶え絶えに聞き返したなまえの質問へ、青峰はわざとはぐらかした意地悪で返した。 「さぁ……? 誰を気に入ったんだろうな?」 もう、好きとか嫌いとか……どうだって良い。今はただ大人な関係に身を委ねたい。――曖昧なままで、この年上男を想いたい。 「……して?」 枕に顔を埋めながらなまえは、初めての"おねだり"をした。口角を緩やかに持ち上げた青峰が、うなじに舌を這わせながら聞き返す。 「――聞こえねぇよ」 「…………キス、して」 衣服ごと左胸の柔らかさを堪能していた左手は、腰元からサマーセーターの内側へ潜り込む。擽るように脇腹を撫でる指先に、二人の緊張感と期待が増す。右肩に相手の唇が押し付けられ、繊維の向こう側から汗ばんだ呼気を感じた。 全身が熱い。でも一番熱くて堪えられないのが、下腹部だ。締め付けられるように甘く、ジンジンする程に鈍くヘソから下が燃える。 女の下着を横にずらした年上の男は、愛撫に濡れた膣入口を掻き分けるように、中指を動かした。狭く内部の複雑な構造を確めながら推し進める指に、なまえは苦しさを感じる。 そんな行為に夢中な二人を、なまえのスマートフォンが切り離した。着信音は佐久間用に設定したモノで、咄嗟に伸ばした手は自分より大きな手のひらにより拒まれる。 「……後にしろ」 「――でも」 愛液で濡れ光る青峰の指に、気恥ずかしさを感じした。しばらくするとメロディーは途切れ、横から甘く男らしい声が聞こえる。 「後にしろ、なまえ……」 要望した通りキスで口を塞がれた少女は、それ以上を発する事が出来ずに、覆い被さっていた男に身を委ねる。――自分は、"最低な女"に成り下がったと自虐しながら。 記憶の中の親友が、自分を誹謗な言葉で責める。 『モテモテごっこでもしてれば?』 黒子を送り、自宅へ車を飛ばしていた火神は、着信を受け車載通話を許可した。スピーカーに流れた声は青峰の幼馴染みである【桃井さつき】だった。大型スーパーの駐車場の端に滑り込ませた男は、停車し通話を始める。 「……おう、何だよ。昨日の今日じゃねぇか」 頭の後ろで手を組んだ火神は、座席に凭れて桃井の女性らしい朗らかな声を聞いた。 「花火してた。黒子と青峰と。誘えば良かったか? ……そりゃ残念だぜ」 『お墓参りで行けなかった』と残念そうに答えた桃井だが、どうせ用事が無くても来なかっただろう。自分以外誰も居ない無人の駐車場に、エンジン切らずに駆動するモーターとエアコンの排気音が響く。 「――なぁ、明日からは……青峰に相談しろよ」 少しだけ声のトーンを落とした火神は、通話の向こうに居る女性にそう告げる。向こうは何時もの調子で、それでも申し訳無さそうに謝るのだった。 「迷惑とかじゃねぇよ。オレよりアッチの方が、彼氏の事知ってんだろ?」 若松孝輔と云う男を知ってはいるが、プレイヤーとしての彼しか知らない。それも、大分前の話である。若松は大学でバスケサークルに居るらしいが、もう二度と同じコートに立つ事は無いだろう。 「……青峰は、待ってるってよ。お前ら、何だかんだで幼馴染みだしな」 黙り込んだ桃井に別れを告げ通話を終了した火神は、前傾姿勢を取りハンドルに身を凭れさせる。これで桃井は近日中に青峰大輝へ相談を持ち掛ける筈だ。 ――必ず一人が不幸にならなくてはいけないのなら、ソレはオレじゃ無い。一人の少女を生け贄にした火神は、疲労困憊の身体を起こす。 失恋したなまえが不幸になると言うのなら、その時はオレが幸せにしてみせよう。世界中から批難されても、彼女を手に入れたい。"桃井さつきの失恋"は火神からすれば、最高のチャンスだ。 常識や理性に勝てるモノがあるとすれば、ソレは激しい感情だけだろう。例え相手に彼氏が居ても、自分以外の誰かに片思いしていても、思う存分愛してやれば良い。後は相手の心変わりを神に祈るだけだ。 誰かが泣きを見る恋が、今始まる。 先手を打った火神は、星ひとつ無い夜空を眺め、自分の卑怯さを睨み飛ばした。 |