まるで馬鹿げた
   メロドラマ

まるで馬鹿げたメロドラマ

「そう言えば、宮地。お前最近バイト行ってんの?」

 生活管理科から戻った宮地は机に鞄を叩き置く。髪をワシャワシャと掻き、ボサボサにした。苛々を隠しもしない男は、友人の疑問に答える。

「辞めた。免許取るだけの金貯めたし」

「マジか! 遂に轢葬会社設立ですか!」

「何だよ、轢葬会社って。殺し屋か」

 ツーカーな会話を終えた二人に、同じバスケサークルの知人が声を掛けた。知人は宮地の肩に手を載せ、馴れ馴れしく誘う。

「宮地、お前今日暇?」

「飲み会なら行かねぇからな」

 バスケサークルで背の高い三人はよく目立ち、ソレが面白くない宮地は綺麗な顔を眉根ひそめて歪める。

「つれねぇなぁ。お前居ると女が喜ぶんだよ」

「宮地クン、今傷心中なの」

 余計な推測を告げながら友人まで肩に手を置き、男二人に囲まれた宮地は友人の背中を叩いて厳しいツッコミを入れる。

「お前、轢くぞ」

 友人は呆れ顔で「うわ、その冗談笑えなくなりそう」と呟き、肩からその馴れ馴れしい手を離した。

「今日、社会人チームとストバスやんだけど、それでも駄目か?」

 今日は飲み会とは全く違う理由で誘ったらしい。最近試合にも出して貰えない宮地は、その誘いに二つ返事で飛び付いた。

「だったら最初からそう言えよな」

「女子も来るからさぁ」

 その言葉には胸踊らなかった。何でバスケに女子が入って来るんだよ……。笑顔から一変して不機嫌な顔になった宮地は、椅子に座りスマホ弄る友人も誘う。

「お前も来んだろ? 傷心中なんだから」

「……いいの?」

 『女子が来る』と聞いて飛び付いた友人は、既に別れた元彼女を忘れようとしていた。その能天気さを"羨ましい"とさえ思う宮地は、頭の中でさっきの出来事をリプレイさせる。


『貴方の言う生徒は居ませんよ?』


 ――事実を何度も確認した。だが返ってくる答えは全て同じで、個人情報保護で詳細までは聞けなかった。判ったのはソレだけなのだ……。考えてもみれば、彼女と会うのはいつも食堂や廊下で、講義室や試験会場で姿を見掛けた事がない。

 つまり彼女は部外者で、煙のように消えた。結局知っているのは、文子と云う名前だけだった。……それと、彼女は近い将来AV女優になる。


   2


 ボールが弾む音、コートに響く足音。パスを催促する野太い声に女性の笑い声。毎週金曜日。ライトに照らされたストリートバスケ専用のコートに、社会人チームが集う。

 お呼ばれされた大学生達は、OLやアパレル店員、そしてフリーターの女性と談笑していた。

「宮地、オタ芸やってよ。オタ芸」

「やんねーよ、何でだよ」

 サークルメンバーは、宮地に飲み会で見せたオタ芸を催促する。入学当初にベロンベロンに酔った時の失態を掘り起こされた宮地は不機嫌そうな顔をした。イケメンのプロフィールに興味があるのか、年上の女性達は興味深そうに話を聞く。

「コイツね、アイドルオタク」

 友人が宮地を指差し話題にする。ケタケタと笑われた話題の中心は、笑いながら怒り口調になった。

「オレの事は馬鹿にして良いけど、アイドルは馬鹿にすんなよ」

 アイドルフリークなその冗談が受け、笑い声で場が明るくなる。そして別チームの試合が終わり、大学生チームはコートに向かう。勿論チームの一員である宮地も向かおうと座っていた腰を上げるが、一人の女性がロングTシャツの裾を掴んだ。一番スタイル良くて、一番綺麗な顔立ちをした女性だ。

「宮地君、今日どこか行かない?」

「あの、でもオレら……」

 チラリとコートを見た宮地は、襟足を掻いて下を向く。こんな寒いのに胸と脚の露出が高く、色気ある女性だった。キャミソールから谷間が白く覗き、ホットパンツの下からは絶対領域が誘う。

「違う、二人きりでだよ」

「ふ、二人……?」

 腕に胸を押し付けられ、男は長袖越しに柔らかさを感じた。彼女の髪から甘い匂いが立ち上り、少しだけ可愛いと思ってしまう。

「宮地ー、試合出ねぇのー?」

 イチャイチャに近い姿を見せ付ける二人の男女に、コートの中のチームメイトが声を掛けた。

「……あぁ、行く」

「宮地君……ねぇ」

 引き剥がそうと相手の肩を掴んだ宮地は、触られてピクリと反応する女性に、少しだけ性欲を持ってしまった。


「――宮地君って、身長高いね」

「不便なだけっスよ……」

 ストバスの帰り道。溜め息を吐くと、目の前が白く曇った。寒さに凍えた巨男は、断れなかった意思の弱さを嘆き、知らない女性と歩く。

 頭に浮かぶのは、最悪な初体験の事ばかりだ。忘れられるのなら忘れたい。……なら、上書きするのが一番だとは分かっている。でも、イマイチそんな気分になれなかった。

「ウチ、すぐソコなの……。お茶でも、どうかな?」

「……あ、あの」

 返事を濁し困った顔をしていると、ジャケットに入れていたスマートフォンが呼び出した。セクシーな女性に一言断り相手を確認すると、画面には十一桁の数字が並んでいる。登録外の番号に眉根を潜めた宮地は、ソレを無視する事にした。知らない番号には出ないのが一番だ。留守電に切り替わったのか、着信音は止んだ。

「出なくて良いの?」

 二人の時間を邪魔されるのが不安なのか、年上女性は宮地の二の腕に両手を巻き付ける。その大胆な仕草と胸の谷間のせいで股間に熱を感じた男は、ギュッと目を瞑って煩悩をやり過ごそうとした。

「し、知らない番号だったし」

「さっき居た女の子からかもね……?」

 ……誰か教えやがったな? 犯人は仲間内を尋問して吐かせるにしよう。だが、こうも番号を流されてはプライバシーなんて犬の餌だ。

 また、宮地のスマホを着信が呼ぶ。今度も登録されていない番号だ。何なんだよ……。宮地は『忙しいから相手する気無い』と怒鳴ってやるつもりで、通話ボタンをタップした。

「オレは忙しいんだよ!! 誰だよ!!」

 通話早々威嚇を始めた宮地だが、相手は何も言わずに耳元でノイズだけが走る。イタ電の可能性を考えなかった宮地は、イライラを強くした。

「何か言えよ。免許取ったら轢くぞ」

『……助けてよ』

 受話から漏れた囁きは、自室で聞いたあの"ただ一人の少女"の声だった。傲慢でも無く、馬鹿っぽくも無く……弱い弱い、あの女の声だ。


   3


 宮地は、最寄り駅から自宅アパートまでの一キロを全速力で走った。北風に冷えた耳が、千切れそうに痛い。護身用に持ったビール瓶だけが頼りだった。寒さのせいか空気が綺麗で、世界が澄んで見えた。

 この決断を『後悔していない』と言ったら嘘になる。どうせまた、悲しい記憶だけが積もるのかもしれない。……それでも、宮地は走った。理由も分からず、ただ走った。

 アパートの自室前で足を止めた宮地は、半年前のようにドアの前で踞る少女の姿を確認した。……ソレは最悪な記憶を植え付け、煙のように消えた、文子だった。

「文子!! お前なぁ……!!」

 久々に見た彼女は以前より髪が伸び、何だか知らない女になったようだ。

「宮地……。私、ヤダ……! やっぱり整形なんてヤダ!!」

 白い薄手のワンピースだけを着た文子は、撮影でもしていたのか裸足だった。聞けばやはり撮影を抜け出しココまでやって来たと言う。宮地は相手の頭を手でもみくちゃにした。

「当たり前だろ! やっと頭覚めたか、馬鹿女!」

 防寒に着ていた上着を渡してやろうとジャケットに手を掛けた宮地だが、革靴がアスファルト叩く足音が聞こえて動作を止めた。

「おじゃましまーす。ごめんねぇ、お取り込み中に」

 ……嫌な予感は当たるモノだ。ダウンジャケットにサテン地のワイシャツ。チンピラを絵に書いたような男が馴れ馴れしく挨拶をする。最近越してきた人間では無さそうだ。澄んだ空気に煙草の煙を吐く。

「……誰だよ。コイツら」

 さりげなく文子を自分の後ろに隠した宮地は、不良を睨む。少し離れた場所に黒スモークのセダンが停まっている。厄介な相手が来訪したようだ。

「彼女、回収しに来ました〜」

 煙草を捨て足で踏み消したチンピラは、訪ねた理由を宮地へ告げた。

「人違いじゃねぇの? コイツは何もしてねぇ」

 ハハハハ……と声を上げて笑ったチンピラは、宮地を越して文子へ話し掛けた。まるで全ての事実を誰かに伝えるかのように。

「整形して、エロビ撮って……アンタそれでしか有名人になれないよ? 好きな奴見返すのに、有名になりたいんでしょ?」

 背後で少女の身体が震えた。その仕草で目の前の男が嘘を言っている訳では無いと悟った宮地は、頭に閉塞感を覚えた。

「オイ……何言ってんだ? 謝れよ」

 頭が痛い。思考が狭くなった気がした。文子は、そんな、下らない理由で……風俗に身を沈めるのか。


『――お前は、私の気持ちなんか……知らねぇよな?』


 ふざけんな。分かる訳ねぇだろ。下らねぇ理由だな、オイ。お前の好きな奴が誰にしろ……、遊ばれたコッチの身にもなれよ。

「……宮地」

 背中越しに自分の名を呼ばれ、ようやく宮地は意識を戻し視界がクリアになった。

「ウチの女優返せって言ってんだよォォ!!!」

 住宅街にも関わらず、チンピラはドスの効いた声を轟かせた。向こうは本気で文子を回収しに来たようだ。なら、コチラだって本気にならなければ……失礼だ。

「オレの彼女だ!! 手ェ出すんじゃねぇ!!!」

 ビール瓶を相手に付き出し、宮地は吠えた。虚勢を大声で誤魔化しても、手が震え瓶の先がブレていた。

「……お兄さんさぁ、勘違いしてない? コレはビジネスなの。その子引き渡して?」

 ダウンジャケットにワイシャツを覗かせるチンピラは、宮地の背後に張り付く文子を寄越すように催促した。短気な宮地は、命令に従う気なんか無い。唾を飛ばす勢いで、更に叫んだ。

「何がビジネスだよ!! 嫌がってんじゃねぇか!!」

「綺麗な顔に傷付きますよォ?」

 チンピラはそう言って脅す。相手から目を逸らしたら負けるような気がした宮地は、負けじと睨む。身長はコチラの方が高い。だが気迫でやられたら、一気に叩きのめされるだろう。

「宮地!! 良いから!! 私行くから!!」

 手首を離さない宮地清志から離れようとする文子は、自分が彼を巻き込んでしまった事を後悔した。彼は普遍的な大学生で、物騒な事は言うが本当に人を痛め付けられるタイプでは無い筈だ。温室のような秀徳高校で、真面目に部活動へ打ち込むスポーツマン。……それが、宮地清志なのだ。

「来るって言ってんじゃん。邪魔すんなよ」

「宮地……。離して……」

 チンピラがダウンジャケットを脱ぎ、路上に捨てる。臨戦体勢へ入った相手に焦った文子は、「離してよ!!」と声を荒げた。

「うるせェんだよ!!! 嘘が下手な癖して、強がるんじゃねぇ!!!」

 宮地はつい後ろを振り向き、彼女を怒ってしまった。短気は損気だ……。チャンスとばかりに、チンピラは拳を振り上げる。

「格好付けてんなよ!!」

 頬に強烈な打撃を喰らった宮地は、吹き飛ばされ路上に倒れる。チンピラはボクシングを噛じっていたのか、パンチが重く190cm超える巨男を簡単に地面に叩き付けた。

「いやぁあぁぁぁ!!!」

 悲鳴が響き、文子はその場に崩れる。立ち上がり飛びそうな意識を覚醒させる為に頭を振った宮地は、彼女の前に立つ。怯えて「もう良いから。もう、良いから……」と泣く文子は、両手で顔を覆っていた。

 その華奢な肩を、宮地清志は両腕で包んで胸元に引き寄せた。

「邪魔だっつってんだろ!!!」

 背後で巻き舌の利いた物騒な声が聞こえ、宮地は目を瞑る。背中を刺されても、頭をカチ割られても彼女を守る最後の砦になるしか無いのだ。ソレが、あの日助けられなかった彼が出来る、唯一の償いだ。

 怖くないと言ったら単なる強がりだが、救いを求めた彼女へせめて教えてやりたかった。

 ――自分は、味方なのだと。


ソレは突然の事だった。

「オイ! 行くぞ!!」

 車の傍に立っていたサングラスの男が、路上に煙草を捨てて慌てる。それもそうだろう。遠くからサイレンの音がするのだから……。

「通報しやがったなぁぁぁぁあ!!?」

 転がっていた瓶を宮地の背中に投げ付けたチンピラは、走ってスモーク車へと逃げる。ビール瓶の底が背骨にヒットし、宮地は小さく呻く。

 ――だが、彼の口元は緩んで弧を描いていた。ココへ来る前に、通報していた自分を褒めてやりたい。本当は今抱き締めている彼女を保護させるつもりだった。まぁ、これだけ騒げば誰か通報するとも思ったが……。

「大丈夫ですか? あぁー、怪我してるじゃないですか」

 今更駆け付けた警官は男子学生の腫れた頬を心配するが、喧嘩から暴行事件に発展した事に面倒そうな顔をする。もう一人が薄着の文子へ防寒具を貸す。ソレを肩から掛けた少女は、頭を下げてまた宮地を心配そうに見る。

「じゃあソコで待ってますから、調書取らせて下さいね?」

 二人の警官は、落ち着く時間をくれた。彼等は寒さをしのぐため、赤色灯回るパトカーへ戻る。

 二人きりになった路地で、裸足の文子が白い息を吐く。借りた上着で暖を取る。それでも身体は小さく震えるし、冷めない興奮で息が弾んでいた。

「……アンタ、死んだかもしれないんだよ!? 頭割られてたらどうすんの!!?」

 チンピラ風情に殺されはしないだろうが、下手したら一ヶ月は動けなかったかもしれない。ハイになりクツクツ笑った宮地、泣きそうな笑顔を見せた。

「とんだ尻拭いだよな」

 反省無い彼を叩こうと手を上げた文子だが、既に左頬は腫れて整った顔が台無しになっていた。震えながら手を下げた彼女は、寒さと昂った感情から鼻を啜る。

「……馬鹿じゃないの?」

 宮地は答えずに頭を掻いた。……確かに、馬鹿かもしれない。ココに来なければ、寒い野外で地べたに座り込む事もしなくて済んだ。腫れ上がる程に強く殴られなくても良かったし、今頃はあの美女とベッドの上に居たのかもしれないのだ。

「……彼女って言った」

 口を尖らせた文子は、先程宮地の口から出た言葉を思い出していた。確かに、彼は『オレの彼女だ!』と叫んでいた。嘘でも冗談でも、自分を救う為にそう言ってくれた事が嬉しかったのだ。

「覚えてねぇよ。頭ン中真っ白だったし」

 痛む頬に顔をしかめた宮地は、腫れた箇所を押さえる。熱を持って脈に合わせてジンと痛んだ。

「ホント……格好付かない馬鹿だよな、宮地って」

 頬を押さえる大きな左手に自分の冷えた右を添えた文子は、素直になれずに宮地を野次る。

「お前は、相変わらず生意気だな。助けてやったっつーのに、何だその態度」

 顔と視線を合わせた宮地は、泣いて不細工になった文子の顔を笑った。そして、互いがゆっくりと口を開く。

「「ムカつく……」」

 二人は同じタイミングで、同じ台詞を吐き、同じく笑う。唯一違うのは、文子の瞳からは涙が流れ頬を濡らしていた。

「嘘。凄く、格好良かった……」

 初めて素直に相手を褒めた文子は、すっかり赤くなった鼻をもう一度啜る。そして、格好付かない鼻腔に苦笑いをした。

「デート連れてってよ、宮地」

 首に手を回して額を擦り寄せる文子は、宮地におねだりをした。寒さで震え、吐く息が二人の間で白くなる。苦笑いをした男は、相手の濡れた瞳を再度覗く。

「今から二人で警察署デートだよ」

「本ッ当……最悪」

 冗談に文句を言う少女は、首に回した腕へ力を込める。そうして二人は、アパートの前と云う情緒も無い場所で……各々の想いを込めたキスをした。


   4


 今年も暮れがやって来た。相変わらず寒さは厳しく、今年は暖冬と言っていた筈なのに、ダウンジャケットが外せない。

 スマートフォンで着信を受けた男は、歩道を歩きながら前髪を掻き上げる。地毛の蜂蜜色した髪は、間接ゴツイ指の隙間を通り額に落ちた。

「木村。どうした? 元気か?」

 懐かしい人物の名前を口にした男は、調子良く笑う。どうやら相手は、先日開催されたウィンターカップの結果を報告して来たようだ。後輩から聞いたと言う。男は、連絡にマメな奴だとまた笑った。

 そして去年の今頃を思い出し、強敵の前に何も出来なかった準決勝を頭に浮かべた。

「……今年も駄目だったか」

 立ち止まった男は、青く雲の少ない空を見上げる。葉の落ちた街路樹は枝だけを伸ばし、冬らしい景色を作る。

「アイツら、落ち込んでる癖して強がるからな? ……はァ? オレは別に!」

 一緒に戦った後輩の姿を思い出した男は、悔しそうにする二人を想像して渋い顔で笑う。

 仕方がない。勝つチームがあれば、負けるチームもある。お手手繋いでゴールテープを切れるのは小学生までだ。誰かと戦う"競争心"があるから成長するのだ。負けず嫌いな男の身体には、ソレがよく染み付いていた。

 話題の無くなった二人は無言になった。だから、男は恥ずかしそうに話題を提供する。

「あ……あとさ、オレ彼女出来た」

 電話の向こうでは、驚いた声がした。そりゃそうだ。彼の前で色恋沙汰について話題に出した事など無い。せいぜい"アイドル"と云う偶像に身を焦がしていた程度だ。

「木村は? まだ付き合ってんの? 長ェな……」

 向こうは順調に交際を続けているらしい。クリスマスにはディズニーリゾートで人混みに揉まれたと言う。申し訳ないが、強面坊主頭に似合う世界だとは思えない。

「え? オレ? さぁ……どうだろうなぁ」

 『お前はどうなの?』と云う質問に歯切れを悪くした男は、正面の銅像前を確認する。ソコで手招きする女性が見えた。笑顔だが、目が据わっている。腕時計で時間を確認した男は、口元を引き吊らせた。待ち合わせ時間から五分が過ぎていたのだ。

「――三十秒後にでも、別れるかもしんねぇ」

 最後にそう告げ、男は電話を切り、早足で彼女の元へ急ぐ。


 未来は誰にも判らない。台本など存在しない。勝ち負けも無い。綱渡りのようにギリギリのラインを歩かなくては、綺麗な人生なんか送れない。それでも、男には悲観などしている暇も無い。

 ――だってこれは、どうしようもなく駄目で、馬鹿みたいな二人の始まりにしかすぎないのだから……。

 彼等の恋愛ドラマは先日クランクインしたばかりだ。アップの予定は、一応まだ無い。


  まるで馬鹿げた
   メロドラマ
    ‐END‐