まるで馬鹿げた
   メロドラマ

単純で簡単な事

「文子ちゃん、説明済んだ?」

 ドアの向こうからバブルマンの声がした。バブルマンとは今宮地が考えたあのディレクターのあだ名で、見た目と言動が古臭いからである。

「えぇ〜? まだですぅ」

 恐ろしく作った声で返事を返した文子の変化具合に、宮地は恐れすら抱く。女は怖いとよく言うが、ここまで性悪な七変化を見せられると逆に関心するモノだ。

「早く状況説明しろよ」

 苛々した宮地は、つい厳しい口調になっていた。そんな態度に睨みを効かせた文子は、可愛い瞳でガン飛ばしながら説明をする。

「五日間出された指令に従いま〜す。ハイ、説明終了」

「……全然判んねェ」

 たった数秒で説明になっていない説明をされ、宮地は絶望した。部屋を荒らされこの仕打ち。救われない自分を哀れむ事で、沸き立つ怒りを抑えた。

「おわりましたぁ〜」

 文子の軽快なブリッ子声で呼び戻された三名のスタッフは、天真爛漫な彼女に微笑む。それを眺めた宮地は、胡散臭げに口を開いた。

「なぁ、お前……二重人格なのか?」

「みやじくん、何のこと?」

 首をコテンと傾げ、文子はしらばっくれた。彼女の目は潤み、少女漫画のように宇宙が輝いている。まぁ、ただ水分過多な瞳に照明が映っているだけなのだが……。

「お前さっき殴ったりしたろ!?」

「殴った……? 文子ちゃんが?」

 怪訝そうな顔で二人を交互に見たバブルマンは、状況が読めないようだ。文子は、フニャフニャした喋りで説明をした。

「みやじくんが、えっちな事しようとしたから、えいってしたの」

 宮地が"えっちな事"をしようとした事実は無いし、挙げ句無言で脳天に強烈なチョップを食らっていた。器量良しな男は歯軋りをして怒りを押し殺そうとするが、歪んだ口からは「こんのアマ……」と文句が漏れている。

「はい、じゃあコレ。今日の台本」

 怒りの形相の高身長イケメンにB5サイズの冊子を手渡すバブルマン。蜂蜜色の綺麗な髪した少年は、薄っぺらいソレを指で掴んで持ち上げた。

「台本?」

 胡散臭げな顔をディレクターに向け、やる気の無い顔をする宮地は台本をテーブルに投げた。その雑な扱いに制作会社の人間は何も言わない。
「台本はあるに決まってるよ。特に素人は危険だから、指示を与えないと」

「何の話か全ッ然判んねぇ」

 腕を組み、宮地は威圧的な態度を取った。ケーブル局の三人はへらへらと笑うとカメラの入っていた鞄やら荷物やらを片付けた。そしてアダルトスタジオとなった学生の部屋から退室する。宮地は塩でも投げようかと思い立ったが、面倒な気持ちが勝った為にやめた。

「オイ、宮地。コッチ来いよ」

 全員が居なくなった途端、文子の全てがまた変わる。黙ってりゃ可愛いのに、喋ればカバの擬人化か男勝りだ……。彼女はつくづく残念な女のようだ。指定された場所はカメラの裏側。部屋の出入口前だった。

「ココはカメラの死角だな?」

 その質問に答えるより先に、宮地の腰へ鈍い痛みが襲う。彼女の足は、男のスポーツで鍛えたご自慢の腰元へと叩き込まれていた。少女の華奢な身体から想像付かない程容赦の無い蹴りが炸裂し、宮地清志は悲鳴を上げる。

「いッでぇ!!」

「余計な事ベラベラベラベラ喋るんじゃねぇよ!!」

 ファインティングポーズが良く似合う文子は、おっとりしていた昼間の姿とは正反対であった。双子と言われたら納得する程に、まるで別人だ。

「お前……あのカバみたいな喋りはわざとか!!」

 腰を押さえた宮地は目を見開き、口喧嘩の火蓋を切って捨てた。

「カバって何だよ!!?」

「こぉ〜んなしゃべりかただよぉ〜」

 宮地が悪意をふんだんに込め、文子のとぼけた喋りを真似すると、彼女は拳を握って小さな肩を震わせた。

「……殺す」

 そして踵を上げて背を伸ばし、宮地清志の綺麗な髪へ手を伸ばした。

「いでぇぇぇぇ!!!」

 文子の手によって大量の髪が抜かれ、宮地は頭部のヒリヒリする痛みに涙目となった。


   2


「……台本って、まさか馬鹿みたいな恋愛ドラマじゃねぇよな?」

 家主はベッドに腰掛け、ぺらっぺらの台本を先程のように摘まむ。彼は、何かトンでもないような事が書いてあったらどうしようかと不安になり、未だにページを開けずに居た。

「読まなくて良いけど? 今日程度なら私がリードするし」

「そう言えば、お前さっき変な事言ってなかったか? 誘惑がなんちゃらって」

 フゥ……とわざとらしく溜め息を吐いた文子は、宮地の隣に腰掛けた。そうして永久脱毛で処理済みの綺麗な足を投げ出す。ホットパンツからはみ出した太ももは扇情的で、宮地は視線を逸らした。

「人の話聞いてなかったのかよ? 秀徳出た癖に、理解力低いのか? オメーは」

 女とは思えない程に乱暴な言葉を吐いた文子は、立ち上がりカメラを弄り始めた。いきなり始まった撮影は、宮地に心の準備すらさせてくれない。

「撮る時は何か言えよ! 何するかも聞いてねぇし!」

 質問を無視した文子はジャンパーを脱ぎ、キャミソールにホットパンツ姿となる。下着の類は付けていないのか、胸の頂は突起が衣服に浮かんでいた。刺激が強すぎるショーガールは、ベッドに腰掛ける男の片膝に股がった。

「……お、おい」

 心臓が跳ねる宮地は、擦り寄る相手の温かさに緊張が加速した。股間が膨張し腰を引くのだが、彼女は気付いたかのようにテント張る社会の窓へ華奢な指を伸ばす。文子はファスナーを摘まみ、ゆっくりと下げる。ジジ……と噛み合ったチャックが開いて行くのだ。

「みやじくん……」

「どこに手ェ、置いてんだよ」

 文子の片手は鍛えた宮地の腰に回り、もう片手はズボンのファスナーを降ろす。どうして良いか全く判らない男はただ固まり、両手をお手上げ状態にしていた。

「さわって……コッチ……」

「馬鹿、やめろ。……脱ぐな!!」

 こんなに近くまで女性が近寄って来た事が無い宮地は、大胆な行動に何も出来なくなってしまう。意気地無い態度に小さく舌打ちした文子は、男の大きな手のひらを掴み胸元へとリードしてやった。

「うっ……オイ……」

 彼女のキャミソールの中に手が入っていく。ソコは温かくて、柔らかい。顔のすぐ下から花のような香りがする。遂に乳房へ到達した右手は、触れるのに少し戸惑いながらも初めてのタッチに成功した。

 右手にゆっくりと力を入れると、指先が沈んでいった。柔らかい……。大きなマシュマロを握るような弾力と、僅かな固さ。でも完全には潰れない安心感もあった。乳房はフニフニしていて、勢い余って強く揉み始めると、手のひらの中央に固いナニカが当たる。

「あっ、あ……。っん」

 目を逸らす事も閉じる事も出来ない宮地は、ただ目の前の握る度にカタチの変わる乳房と、文子の眉を潜めた気持ち良さそうな顔を眺めていた。股間はパンツの中で押さえられ付け、苦しくて痛い。でも出してしまったら確実に最後までしてしまう気がした。……カメラと云う逃れられない証拠の前でレイプする気にはなれなかった。

「はぁ……っ、あ……ちくび、つんってして……」

 宮地は言われた通りに、服の上から尖った塊を掴んだ。薄い布地越しに芯の固い乳首がカタチを主張している。親指と人差し指でソレを捻ると、文子の肩が跳ねた。

「きもちい………みやじくん……」

 汗ばんだ吐息で名前を呼ばれると、自分の身体も期待と反応で熱くなってしまう。男は女の乳首を潰して引っ張り、大きな乳房を蹂躙する。人差し指の先で弾くように擦る。ピチピチと動く先端がキャミソールの裾から見え、綺麗な色に男は理性と意識を持っていかれた。口に含みたいと願ったのは本能からなのか、理由を考えても見付からなかった。

「……っ、お前なぁ……」

 身体を折り曲げた文子は、腰を小さく前後に動かし宮地の太ももにホットパンツを擦り付けていた。無意識下の行動なのか、視聴者サービスなのか、その自慰のような動きに宮地は唾を飲み喉を鳴らす。

「はぁ……ぁ、あぁぁ……」

 気付いた時には唇を白い首筋に付け、彼女の身体を味わおうとしていた。舌で皮膚をなぞると、少し塩っぽい味がする。ソレと連動して、太ももに押し付けられた秘部の動きは激しくなり、ベッドがギシギシと音を立てる。

「んっ……ん、あっ……やっ、あ……っ!」

 文子の身体は小さく痙攣し、口から漏れる声も段々高くなる。宮地の衣服を掴み、彼女は秘部を擦り快感を貪っていた。

「……だ、駄目!」

「頭叩くなよ!」

 急にバシバシと宮地の頭を叩き、少女は素早く彼から離れた。ハァハァと息を荒くしながらカメラを止める為に腰を落とした文子は、男の前で尻を突き出すポージングを取る。カバ女の時と変わらずに天然なのか、恥ずかしい格好に気付いていない。ノーパンなのだろう。ホットパンツの一部にシミが出来ている。

 ソレを見せ付けられた宮地は股間を押さえて社会の窓を閉め、雑念飛ばすのに母親の顔を思い浮かべた。ついでに祖母の顔まで思い浮かべた時、文子がコチラを見た。

「……触り方がヤらしいんだよ」

 宮地の頬は赤くなり、蜂蜜色の髪に映えた。文子は行為中の相手の顔を思い出す。真剣で、服の上からでも裸を見透かされているような視線。彼女はソレだけで背中がゾクゾクした。本当は思い出したくないのに、脳が勝手にプレイバックを始める。

「キモい。最低、下手クソ」

 脱ぎ捨て床に落ちたジャンパーを拾いながら、文子は暴言を浴びせた。

「……なぁ、毎日こんな事すんの? っつーか、何がしたい訳?」

 さっきまで柔らかい乳房を自由に弄んでいた右手を眺めた宮地は、嫌そうにそう聞いた。文子は掴んだジャンパーを羽織り、急いで胸元を隠す。そして顔を伏せ真っ赤に染まった顔のまま口を開いた。

「一緒に、セックスまでの段階を踏むだけだ」

「……は?」

 凄い単語が飛び出した気がした男は、相手に聞き返した。表面上はクールぶっているが、内心は酷く混乱している宮地は文子から目を離せずにいる。その視線が恥ずかしいのか、彼女は怒鳴った。

「モテモテの宮地には他愛ねえだろ! セックスなんて!」

「あの、お前さぁ……」

 宮地が何かを告げようとする前に、文子は渡されていた次の台本を彼に投げ付けた。ソレも薄っぺらく、きっと凄い内容の指令が書いてあるのだろう。

「次の台本だ! 今度は読んどけよ?」

「なぁ、何の番組なんだ?」

 プリプリ怒ったような態度の文子は、そのまま部屋から退室した。挨拶のひとつも無く、玄関が開いて閉まる。

「……シカトかよ」

 呆れた宮地は受け取った台本に目を通す事無く、床に放り投げた。

 読みたくはない。けど、またあの乳房の柔らかさを堪能出来るのかと思うと……性欲が顔を覗かせた。


   3


「うわ……。すげェ不細工な顔……」

 次の日の昼休み。昨日と同じメニューの友人は、ほぼ同じ席を確保してくれた。今日も学食は賑やかで、宮地は疲れきった顔で席に着いた。

「一睡も出来なかった……」

 ガクリと頭を下げた宮地は、塗り箸を掴む。肉うどんにコーラは合わない気がしたが、コレが食べたかったし飲みたかったのだ。今日は授業が二コマに、夕方からはバイトもある。うつらうつらするイケメンを眺めながら、友人はうどんを啜っていた。

「みやじくぅ〜ん」

 薄れ行く意識の淵から幻聴のようにボンヤリした声が聞こえた。このカバのような声に聞き覚えがある宮地は、舟を漕いでいた頭を上げ、周囲を見渡す。

「ゲッ!!」

 さっきのゆったりとした悪魔の声は幻聴では無く、二重人格女が小走りでコチラへ向かって来ていた。可愛らしく手を振り、犬のように駆け寄る少女の姿に、友人は興味津々だ。

「何? 彼女? 紹介してよ」

「はぁ!? 冗談よせ!!」

 本気で拒否して首を横に振る宮地の元に文子が立ち、構って欲しそうに彼の肩を揺する。宮地はソレを存在ごと無視し、コーラを飲み始めた。面白くない彼女は、友人の方を向き笑顔で会釈をする。

「わたし、みやじくんの"にくべんき"です!」

 いきなり投下された爆弾に友人の顔は歪み、コメディアンのような顔芸を披露してくれた。宮地は口に含んだコーラを毒霧のように吹き出す。自分の吐いた言葉の意味が判らないように首を捻った文子は、頼まれてもいない補足を始めた。

「みやじくんがそう言えって、きのうの夜わたしに」

「馬鹿か!! 言うか!! 轢くぞ!!」

「だから免許ねぇだろ? ヤリチン宮地ィ」

 まるで肌を重ねたかのような台詞に、テーブルを叩いて宮地は怒鳴る。友人は、もやは天丼となったツッコミを忘れない。

「無免で捕まっても、コイツ轢くわ」

 箸で文子を指し、ギリギリと歯軋りをする宮地はまるでヒールだ。その証拠に、文子はブルブルと震える。あざと過ぎる仕草に、宮地清志の堪忍袋は膨らんでいくのだった。

 しかし、文子は態度とは裏腹に少しも怯んではいない。彼女は周囲に聞かれないよう、ほんの小さな声でこう呟いた。

「……首洗って待っとけ? ヤリチン宮地」

 そして二重人格女は友人から見えない足元で、宮地に攻撃を仕掛けた。ヒールの先でスニーカーを踏み抜く。「ヴッ……」と呻いた宮地は、足の甲に痛みを感じて文子を睨んだ。

「ばいばい、みやじくん」

 小さく手を振り満面の笑みを見せた文子は、愛想良く友人にも手を振る。その平等且つ慈愛に満ちた姿に、友人は羨ましそうな言葉を宮地に投げた。

「お前のセフレ、ちょっと変だけど……可愛いな」