「機嫌直してくださいよ」 そう言ったところで、彼がすぐ笑うはずがないのは分かっていた。 彼は強情だ。わがままで、頑固で、自分中心で世界が回っていると考えている人種。自分の思い通りにならないと、すぐ機嫌が悪くなる。 喧嘩の原因は本当に些細なことだった。百人一首をやるか否か、ただそれだけ。片づけるのがが面倒くさいからと断ったらこのザマだ。百人一首くらい付き合ってやればよかったか、と思う一方で、そんなことでへそを曲げずともいいのに、とも思った。 「あの、ですね」 「……」 「私は、あなたと来年中ずっと喧嘩して過ごすのは嫌ですよ」 「……俺だって、嫌だぞ、でも」 「だったら笑ってください。新年まであと五分ありますから、それまでは機嫌悪くていいです。でも年が明けたら、笑ってください」 年が明けたら、それまでのことは全部水に流して笑うのだ。そうすれば、きっと新しい年は笑って過ごせるだろうから。 私は膝を抱えて座っている彼の隣に座った。ただ時計の針がゆっくりと動くのを眺めていた。 することのない五分は、とても長い。虫の音なんてもう聞こえる時期ではないし、車通りも少ないから、静かだ。ただ、お互いの呼吸の音だけが、はっきりと聞こえていた。 「あと、三十秒です。笑う準備してください」 「……」 「あと十五秒」 「うるさい。うるさい。待ってろ、ばか」 彼のふてくされた声は無視した。時計の秒針に合わせて、私は秒読みを始めた。 彼が慌てるのも、怒鳴るのも、どついてくるのも、全部無視して、何事もないかのように秒読みを続ける。 「五、四」 「ちょっと、止めてくれ、黙っててくれよ」 「三、二」 「だから、待ってくれって」 「一、はい、笑ってください」 「は、はは、は……」 ぎしり、と彼はひきつった笑顔を浮かべた。あまりにもへたくそすぎて、思わず私のほうが笑ってしまった。彼は顔を真っ赤にしていた。 「す、すみません。で、機嫌は直りましたか?」 「えっ!? ……は、初詣帰りに、何か買ってくれるなら、考えないこともないぞ」 「そうですね、大判焼きはどうでしょう」 「……うん、許す。許すぞ」 「じゃ、行きましょうか。風邪を引かないように、暖かくして」 私が立ちあがろうとすると、彼はぐいと私の袖を引っ張った。 「言い忘れた」 「なんです?」 「今年も、よろしくお願いします」 彼が頭を下げたら、ごつん、と私の頭にぶつかった。全く、なんなんですか、と文句を言おうとしたら、彼がさっきのようなぎこちない笑みでなく、照れくさそうな笑顔を浮かべていたから、なんとなく許す気になってしまった。 神社に行って、五円玉を投げたら願おう。今年が、笑顔溢れる一年になるように。 |