季節外れの七夕に




 お盆、である。

 県外の大学に行ったものだから、地元に帰ってくる機会は正月とお盆くらいしかなくなってしまった。その数少ない機会を利用して、私は毎年お墓参りに来ている。
 お世話になってたおばあちゃんが亡くなってから早くも十年。両親共に出張続きで忙しく、新盆には初めて一人でお墓参りに行くことになった。その時、私はマッチを上手く擦れなくて、線香に火を点けることができなかったけれど、今ではもう慣れたものだ。体で風を防ぎながらマッチを擦る。

「へぇ、上手くなったじゃない」

 声をかけられて、私は顔を上げる。だらしなく着物を着た男性が、へらりとだらしない笑みをこちらに向けている。
 別に不審者ではない。私は子供の頃から彼を知っている。初めて会ったのは、亡くなったおばあちゃんの新盆の時。「下手くそだなぁ、貸してみな」と、私からマッチをひったくって、線香に火を点けてくれたのだ。
 彼はあの時から見た目が変わっていない。彼は、生きてはいないから。どうしてマッチが持てるのかは知らない。そういうものなんだろう。

「私だって、もう子供じゃないもの」
「それじゃあ、俺はもうお払い箱かな」
「そんなことないよ。ここに来てあなたに会うのは楽しいから」

 私がそう言うと、彼は少し照れくさそうに頬を掻いた。

「お線香って、霊にとってのご飯なの?」
「俺も詳しいことは分かんないや。ただ、学業だの仕事だの忙しい合間を縫って、子孫が会いに来てくれるんだから、その気持ちは嬉しいと思うよ」
「……そうだといいな」

 一筋の煙が空へと昇っていく。空に天国だの極楽だのがあるかは知らないけれど、煙と一緒に思いが伝わってくれればいい、と思う。
 彼は少し寂しげに、煙が立ち上る線香を見つめていた。

「俺の時代にもあったら良かったのに」

 そしたら俺も、さっさと成仏できたかな。
 ずいぶん前に、彼は戦争で死んだのだという。長い間この辺りを彷徨っているらしい。詳しい話は一切聞けなかった。私が来るのは年に一度だし、彼に聞こうと思っても、適当にはぐらかされてしまったから。話したくないものを無理に聞くのも悪いと思って、深く追求はしていない。
 だから、十年間で初めて聞いた、彼の本音のような気がした。

「私があなたにお線香あげたら、成仏できるの?」
「出来るんじゃないかなぁ」
「やっぱり、成仏したい?」

 成仏したい、と言われたら、線香をあげて、成仏させてあげたいところなんだけど、年に一度しか会わないとはいえ、成仏されたら少し寂しい気もする。しかし重要なのは私がどう思うかじゃなく、本人の意思。どきどきしながら答えを待つと、彼は小さく唸った。

「……うーん、微妙なところ」
「どうして」
「今更成仏したって、昔の仲間はみーんなどっかいっちゃってるでしょ、多分」

 へらり、とまた彼はいつもの笑みを浮かべたけれど、どうにもそれが寂しげに見えた。どうにかして慰めたくて、待ってるかもよ、と言ってみたけれど、否定されてしまう。

「待ってないよぉ、俺なんて。それにね、俺今の状況、結構気に入ってるんだ。君からみたら、こんなんが自分の御先祖の墓近くにいるの、気持ち悪いと思うかもしれないけどさ」

 気持ち悪いだなんて、思ったことなかった。普通に考えれば、お墓の近くに成仏もできずに彷徨う霊がいるっていうのは、不気味なことなのかもしれない。けれど、彼は一人で心細かった所を助けてくれた恩人だから。

「こんな可愛い子が、年に一回俺と会うの、楽しいって言ってくれんのよ? 織姫と彦星みたいじゃん?」

 もう嬉しくて、天にも昇る気持ちだよね、と彼は冗談めかして言う。少ししんみりしてしまったから、空気を変えたかったのだと思う。可愛いと褒められて、冗談だと分かっているけど照れくさくて。七夕はもう過ぎたよ、なんて意味のわからないことしか言えなかった。

「あと俺が四百歳くらい若かったら……、って、あー、止め止め! 馬鹿なこと言った! 忘れて! 俺が嫌だったら、線香くれれば成仏すると思うから!」

 彼が早口でまくしたてる。右手を突きだして、ハイ、線香! なんて言ってきた。私が彼に線香あげるとでも思ってるんだろうか。
 さっさと掃除用具と線香を片づける。

「あげない。私最初に言ったでしょ、ここに来てあなたに会うの楽しいからって。私の体が動く限りは、毎年お墓参り来るし、あなたにも会いに来るし」

 彼は唖然としていた。しばらくしてから、言葉を選んでいるように、ゆっくりと言った。

「もし君にいい人ができて、結婚とかすることになったら、俺に線香ちょうだいよ」
「分かった。その代わり、私が結婚しないで死んだら、一緒に成仏しよう」

 将来のことは分からない。けれど、少なくとも、彼を一人でこの世に残すようなことはしたくない。
 私は彼に小指を突き出した。彼は優しく小指を絡めた。小指を離すと、彼はじっと手を見つめてから、嬉しそうにほほ笑んだ。

「じゃあ、また来年ね、織姫様」




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