戦場の猫




『酷いなぁ』

 他の人が聞いたら、きっと「にゃあ」という短い音にしか聞こえないんだろう。
 猫は猫の言葉で、意思を持って会話している。自分には、猫の言葉が人間の言葉に変換されて聞こえているのだ。少し不思議だけれど、そういうものなのだと納得している。

「何が酷いの?」
『ニンゲンがだよ。日本は戦争で学んだと思ったんだけどなぁ』
「どういうこと?」

 猫はぽつり、ぽつりと話し始めた。

『昨日はね、ヒロシマに原爆が落ちた日なんだよ』

 原爆による熱線で、屋外にいた人は全員皮膚が炭化し、内部組織に至るまで、水分が蒸発してしまったこと。離れた場所にいた人も火傷を負ったこと。原爆が落ちた近くの建物は、全て吹き飛んでしまったこと。

『八月十四日に、戦争が終わったんだけど』

 どうしてたくさんの人が死ぬ前に、戦争を終わらせられなかったんだろうねぇ。
 猫は心底不思議そうに呟いた。

『それで日本は、憲法を作って、もう戦争はしませんって言ったんだけど』
「よかったじゃない」
『でも、またその憲法を変えて、戦力を持ちましょうって言ってるんだ』

 君は戦争したい? と猫が聞いてくる。
 戦争になったら。原爆が落ちたら。いつも一緒にいた家族や友達が死に、思い出がつまった家も無くなってしまうかもしれない。もしかしたら自分も、熱線による火傷で苦しむことになるかもしれない。

「やだ」
『だよねぇ。だけどね、今政治をしてるところは、はっきりと言ってはいないんだけど、戦争したいんだよ』
「どうして」
『さあねぇ。自分の意見を通したいんじゃないの』

 力でどうにかなることなんて限られてるのにねぇ。
 猫があきれた様子で言う。

『君らが政治を監視してくれなきゃ困るよ。僕らは戦争が始まったら、君ら人間みたいに、逃げるなんてできないんだから』

 戦争に巻き込まないでおくれよ。
 猫はそう言って、どこかへ行ってしまった。



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