夜分遅くに、あきは目が覚めた。 今日は何だか嫌な感じがして、余計なことを考えたくなかったので、一日中家事をしていた。普段は女中に任せているような仕事も全部一人でやったから、普段よりも疲れている。なのに、目が覚めた。 一度目が覚めてしまうとなかなか眠れない。だから、星でも眺めてみようと思い、部屋を出た。 不便なことも多いが、あきはこの山奥での暮らしが嫌いではなかった。山奥は星が一層美しく見える。 いつも星を見ている場所は、いつにも増して静かだった。しかし、今日は先客がいた。 見覚えのある男だった。 「ああ、誰かと思えば」 男はにこりともせず言った。 本来ならこの男は、ここにいられるはずが無い。何故なら男は今、大阪に行っているからだ。今の大阪は、そう簡単に帰ってこられる状況ではないはずだった。 供もつけずに、いるはずのない男が座っている。あきはその理由を理解して、顔を歪めた。 「源次郎様」 「うん」 「何故ここにいらっしゃるのか、理由は聞きませぬ」 「うん」 「しかし、何故ここにきてくださったのか、理由をお尋ねしてもよろしいでしょうか」 「…うん」 源次郎は頬を掻いた。 「お前に、さいごに会いたいと思って、な」 気がついたらここにいたのだ、と源次郎は言った。 あきは唇を噛んだ。 少しその場で待っているようにと源次郎に言い、あきは急いで家へと走った。そして、源次郎が呑みすぎるからと隠しておいた酒瓶を抱え、すぐさま源次郎の元へと戻った。 量は少ないが、上等な酒だった。 「呑んでください」 「よいのか」 「この一本で、終わりなのでしょう」 「……まあ」 源次郎の盃に酒を注ぎ、自らの盃にも酒を注いで、盃同士をかつん、とぶつけた。源次郎は、あきが注いだ酒を一口含んだ。 「ずいぶんと、お前を待たせてしまった」 酒を一口呑み、源次郎は目を伏せた。 「だから、今度は俺が、あちらでお前を待っている」 「ずいぶんと先の話ですよ。お望みとあらば、今いっても構いませんが」 「それは困る。お前には、さいごまで生きてもらわねば」 「どこぞの狸親父じゃあるまいし、源次郎様にそんな長い間待てるのかしら」 「……」 他愛もない話をしているうちに、源次郎が最後の酒を飲み終えた。 ふわり、と源次郎の体が透けた。 「いって、しまうのですね」 「すまん」 「“おかえりなさい”と、言いたかったのに」 「すまん」 「無事に帰ってくると信じていたのに」 「すまん」 「私を、置いていくのですね」 「すまん」 ずっと堪えていた想いが、涙とともに次から次へとあふれ出た。源次郎は、武士らしい、節くれだった、傷だらけの手で、あきの涙を拭った。 「何十年、何百年たとうとも、きっと、待っている」 源次郎は、柔和な笑みを浮かべた。 「だから、笑ってくれ、あき」 5月7日は幸村様の命日(薩摩落ちしてなかった場合)だというのをさっき思い出しまして。 例のごとく遅刻。 |