彼岸にて




「お久しぶりです」

 女は、あまり見せることのない柔らかな笑みを浮かべていた。片手に大きな酒瓶を抱えている。見るからに上等そうな酒だ。

「左近殿のお生まれになった日だと聞いて、義兄上から頂いてきたのです」

 そう女は得意げに笑い、座布団をぽんと叩いて、左近に座るように促した。
 どかっと豪快に座り込んだ左近に、女は盃を手渡した。

「左近殿は、おいくつになられたので?」
「もう死んでるんだ、年なんざ関係ないでしょう」

 左近は苦笑し、女の注いだ酒を一気にあおった。

「そうですね、私も殿も、いつ生まれたのか分かりませんし」
「あなたはいつ見てもお若い」
「またお得意の社交辞令ですか」

 女はくすりと笑った。

「……お誕生日、おめでとうございます」
「死んだのに誕生日を祝うのはおかしいでしょう」
「あなたは最期まで殿を支えてくれたから……あなたの生まれた日は、私にとって特別な日です。死んでいようが関係ない」
「……少々、気恥ずかしいですな」

 左近は女の手から酒瓶を奪い、盃を押しつけた。

「どうです、あなたも一杯」
「私は、酒は得意ではありませんから」
「そう言わずに」

 強引に左近が酒を注ぐと、第三者の手が女から盃をひったくった。

「人の妻に迫るとは、いい度胸だな、左近」

 男はひったくった酒を飲み干し、苛立ち気味に盃を置いた。

「殿、遅かったですね」
「書類を片づけるのに時間がかかった」

 殿と呼ばれた男は、女の隣に座った。

「で? 左近、どういうつもりだ」
「まあ殿、いいではないですか。今日は左近殿を祝う日なのですし」
「お前な……、まあいい」

 左近に盃を返し、男は左近の盃に酒をなみなみと注いだ。そして自分も酒を注いだ盃を手に取った。

「おめでとう」

 かつん、と軽く盃をぶつけ、男は酒を飲みほした。

「……殿、それだけですか」
「……感謝、している」
「左近殿、殿は照れ屋なのでこれが精一杯なのです。お許しください」
「お前……!」

 顔を真っ赤にさせて、男は女を睨みつける。女はそんなことは意に介さない様子で、男の盃に酒を注いだ。

「あの時代は、誕生日を祝う風習なんてありませんでしたけれど」

 女はそう言って言葉を止め、空を仰ぎ、笑んだ。

「誕生日、おめでとうございます」




 左近殿お誕生日おめでとうございます。
 6月9日説もあるけど今回は5月5日説を取りました。遅刻しました。





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