とある高校受験生の話。




 いつもなら空き空きの電車内は、制服を着た人でごった返している。今日は何か特別な日だっただろうか。ふと車内を見渡せば、制服を着ている人は皆、単語帳やら問題集やらを開いている。
 ああそうか、今日は高校受験の日か、と俺は一人納得した。

 そういえばあれから一年だ。あいつは今頃、どうしているだろう。出会ったときは中学二年生だったから、もし順調に進んでいれば、高校受験をするはずだ。どんな高校に行くのやら。

 なんて思っていたら、目の前の女子中学生が、問題集をしまおうとして鞄の中身を落してしまった。焦って拾おうとして、更に鞄の中身が出てしまう。極めつけには筆箱の留め金が外れて、鉛筆までもが散らばった。
 車内の学生はそれを見て一瞬迷惑そうな顔をしたが、すぐに自分の問題集に目線を戻して、誰も手伝ってやろうとはしなかった。皆自分のことで精一杯で、周りに気を使ってやれるような、余裕のある奴はいないわけだ。
 俺は受験勉強に追われているわけでもないから、その子が落した荷物を拾うことにした。なんてったって俺は真面目な好青年だからな。
 重たそうな問題集が二冊に、赤シートが一枚、鉛筆三本、消しゴムが二つ。車内が混んでいるから、拾うのは大変だったが、自分の手の届く範囲で拾ってやった。

「これで全部か?」
「あ、はいっ、ありがとうございます!」

 落した物を確認しながら鞄に入れて、女子中学生は少し青い顔で言った。
 ああ、「落とす」だの「落ちる」だのは、受験生にとっては忌語だな。なんだかんだでこの国の言霊信仰は続いているんだった。
 しかし考え方次第だ。

「あんたの代わりに荷物が落ちてくれたから、あんたはきっと受かるだろうな」

 大きなお世話かもしれないが、俺はその女子中学生に小声で言った。小声で言ったのは、他の受験生に聞こえないようにするためだ。何度も言うが受験生にとって「落ちる」は忌語だからだ。
 俺の言葉を聞いて、女子中学生は一瞬考えた後、小さく頷いた。

「そうですね。しかも拾ってもらえたから、大丈夫そうですね」

 女子中学生はそう言って、照れくさそうに笑んだ。前向きじゃないか。
 よっぽど自分に自信がある人間でない限り、受験生は皆緊張する。受験の緊張した空気にのまれたら終わりだ。

「ついでに聞くが、どこ高校を受けるんだ?」

 俺がそう聞くと、女子中学生はクリアファイルの字を指差した。どうやら高校見学でもらったクリアファイルらしい。書いてある名前は、県内でも結構有名な進学校だった。

「おお、凄いな」
「どうなるか、分からないですけど」
「大丈夫、肩の力を抜いて、頑張れよ」

 そこまで話したところで、その高校の最寄りであり、俺の目的地である駅についた。
 流れに任せて進んでいたら、その女子中学生と駅の出口まで一緒になった。女子中学生はもう一度「ありがとうございました」と俺に頭を下げて、受験会場へと向かっていった。

「頑張れよ」

 小さくつぶやいた瞬間、パシンと誰かに頭を叩かれた。痛ぇな、誰だこんなことやりやがるのは。
 振り返ると、あいつがいた。一年前に自殺しかけてたあいつだ。

「女子中学生相手にニヤニヤしやがって、気持ち悪いな。あんたそれでも真面目な好青年かよ」
「なんだ、お前か。ニヤニヤはしてないぞ。……いやちょっと待て、何でお前がここにいる」
「俺も高校受験だよ」
「そうか。……そうだよな」

 俺がそう呟くと、そいつは言った。

「ちなみに俺もあの子と同じ高校受験します」
「えっ」

 あの、人生に絶望して自殺しようとしてた少年が、勉強に励んで進学校に進むわけか。どんな高校に行くのやら、とは思っていたが、想定外だった。立ち直りが早い奴だ。言っておくが、もちろん誉めてるんだぞ、これは。
 生きているとどうなるか分からない。そして面白い。

「俺も受かるように、祈っててくれよ。俺になんか助言はある?」
「何一つ問題が分からなかったとしても、名前だけは書いておけよ」

 気をつけます、と笑って、奴も受験会場へ駆けだした。




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