窓の外が、オレンジ色になってきた。 明日から冬休みが始まるので、俺は冬休みが始まる前に課題の一部を学校で終わらせてしまおうと思った。俺ってば真面目。 まあ、課題を終わらせたところで無意味なのかな。 今日、この世界は滅亡するらしいから。 別にそんな子供じみた話を信じているわけじゃない。ノストラダムスの大予言だってあったけど、外れたからこうして俺は生きているわけだし。 だけどこの世界に絶対はないわけだ。もしかしたら、百万分の一、いや千万分の一くらいで、滅亡してしまう可能性もないわけではない。だから少し、怖くも思っているわけで。もし人の力を超えたもの――例えば隕石とか? ―― が世界を滅亡させるなら、俺には防ぎようがないから。 俺はまだまだやりたいことが沢山ある。とりあえず今は彼女でも作って、クリスマスを過ごして、青春を謳歌したいわけだ。でも世界が滅亡してしまったなら、それは二度と出来なくなる。もっと早いうちから、いろんなこと沢山やっておくんだったなぁ。 「ねぇ、今日で世界、滅亡するんだってさ」 隣の席に座る女子(名前は直ちゃんという。この子も課題をやっていた)に、そんなことを言ってみる。一瞬にして表情が凍った。ああ、信じたんだ。 「滅亡すんの」 「らしいよ」 「……あちゃー、マジか」 はあ、と直ちゃんが溜息をつく。だったら課題なんてやってても無意味かなぁ、なんて呟いている。俺と同じこと言ってるよ。 ふと、疑問に思う。世界最後の日、彼女は何をしたいと思うのだろう。 「世界が本当に終わるなら、直ちゃんは何すんの?」 「うん? ……そうだなぁ。好きな男子に告白し―― そして灰となる」 少し演技じみた声で直ちゃんが言う。 この子も好きな人なんているんだ。てっきり気の合う女子同士で騒ぐのが楽しい子だと思っていた。男なんて友達どまりだと思ってたのに。 「灰となるって、どっちの意味」 「ふられて灰となり、滅亡で灰になり……二重の意味さ」 なんだか面白くない。いやまあまあ上手いけど、上手いけどさ。言葉遊びとかそういう話じゃなくて、面白くない。 でもふられるって分かってるのに告白してふられて嫌な気分で死ぬのも嫌かなー、なんて無駄にややこしいことを呟いてる。 「何で告る前からふられると思うの」 「多分、そいつは私のこと友達としか思ってないだろうからね」 「誰よそいつ。俺の友達ふる奴とか、ぶん殴ってやるからさ」 「はは、ありがとう」 直ちゃんは笑った。そして俺を指差して言う。 「お前」 「……は?」 思考回路が一瞬かたまった。……俺? 俺ですか? 「……殴ってくれんの?」 いつもと変わらない様子で、直ちゃんが言う。 いやいやいや、ちょっと待ってよ。今俺は告白をされた。誰に? 直ちゃんにだ。俺は彼女を仲のいい友達だと思ってた。彼女も俺を仲のいい友達だと思ってるだろうと思ってた。つまり彼女の考えは当たってたわけだ。 俺が酸素を失った魚みたいに口をぱくぱくさせてたら、直ちゃんはとん、と軽く俺の肩を叩いた。 「バッカだな、冗談だよ」 彼女は鞄を背負い、「またね」と小さく手を振って、教室を出て行ってしまった。 クラスメートとして長い間付き合ってきたんだから分かる。さっきの顔は冗談じゃなかった。 俺も急いで鞄に勉強道具を詰めて教室を飛び出した。荷物がぐちゃぐちゃだって気にしない。後でちゃんと整理するし。今はこっちの方が大事だし。 直ちゃんには割とすぐに追いついた。俺は、勢いよく彼女の背に抱きついた。 「っうわ、何だよ」 「……ごめんっ!」 「だから……、さっきのは、冗談にさせてよ」 冗談だったら、また新学期が始まっても友達でいられるんだから、と直ちゃんは消え入りそうな声で言う。 でもごめん。俺は冗談にはしたくないんだよ。直ちゃんの、一世一代の告白を。世界が滅亡する前の、まさに命がけの告白を。 さっき好きな人がいると聞いたときに面白くなかったのは、俺も実は直ちゃんが好きだったからだと気付いた。世界が滅亡するって言われてる日に気付くなんて馬鹿です、俺は。もっと早く気付いてたら、まぁいいや、滅亡するって話のおかげで想いに気付けたんだから。 「ごめん、もっかい、やり直しさせて」 「……何を」 「俺から、告白したいです」 しばしの静寂、それから「……どうぞ?」という小さな声。 「直ちゃんが、好きです」 ……ああ、これ結構恥ずかしい。すっごい寒いはずなのに、顔がめちゃくちゃ熱いし。後ろから抱きついてるから直ちゃんの顔は見えないけど、耳が真っ赤だ。寒さのせいもあるかもしれないけど、それだけじゃないと信じたい。 くるり、と直ちゃんが振り返った。 「……もし、世界が終わらなかったら、一緒に課題を終わらせようか」 そう言って、直ちゃんは照れくさそうに笑った。 |