ざあざあざあざあ。
ああ、忌まわしい。なんて忌まわしい音だろう。
私はさっきまで、快晴の森の中を走り回っていたはずだ。
「天気予報、外れじゃん」
ポケモンセンターのテレビで見た気象予報士は、満面の笑みで今日は快晴!お洗濯ものがすぐに乾く、爽やかな日になるでしょう!、とか、言ってたのに。
じめじめ、服についた雨粒が貼り付いて、気持ち悪い。
「……止むまで待たなきゃ」
こんな雨の中を走って次の町に行くほど、私は元気っ子じゃない。誰だ、子供は風の子とか言った奴は。
私は間違いなく母親の胎から生まれ堕ちた、人の子だってんだ。
「髪も、気持ち悪い」
私は結っていた髪を外してみた。案の定、肌にべたべた貼りつき、おまけに広がり始めた。
「ぎゃっ」
あーあ、戻らなくなってきた。これだから私は自分の髪質が嫌いなんだ。
「髪、大丈夫かい?」
聞き覚えのある声が頭に響く。落ち着いた、低音。
「N」
「やあ、雨宿りさせてもらっていいかな?」
Nはそう言うなり、私の隣に座って、帽子を取った。
やはり彼もびしょびしょに濡れていて、淡い緑色の特徴的な髪型も、今日は濡れて深緑に近くなってる。
髪先から滴る水が、彼の端正な顔を引き立たせていた。
「何かついてる?僕の顔」
「え、あ、ち、違うっ」
いつのまにか見とれていたらしい。彼はきょとんとしてる。
私は恥ずかしくなったので、バサバサになった癖毛を寄せ集め、顔を隠した。
「いつ止むのかな」
「さあ、」
何だかぶっきらぼうにしか話せなくなってしまった。後悔した。
「ねぇ、トウコ」
「何、……っ!」
彼が、私の髪を手に取り、まじまじと見つめている。急に何をしだすのか。
「え、ぬ、……何を、」
「綺麗」
「は?」
開口一番、何なんだ。
綺麗という言葉は、恐らく、
「トウコ、髪、すごく綺麗」
「なんで」
「水に濡れて、いつもより綺麗になってるよ」
綺麗なんて言われたことなかった。むしろ、からかわれていたのに。
「私、この髪質、やなの」
「どうして」
「だって、癖毛だから跳ねるし、雨の日とかは広がるし」
良いことないよ、と言った途端、自分で悲しくなった。
トウヤも癖毛だけど、ここまで酷くない。むしろ、可愛いと言われるレベルだ。
いや、顔も顔だけど。
どうせなら、一卵性がよかった。
「私はNが羨ましい、癖毛っぽいのに、濡れても広がらずに綺麗なまま」
「僕は、トウコの髪大好きだよ」
なんだか私を好きみたいな言い方で、熱くなった。
しかも髪にキスまでしてきた。
このキザ!でも好きだ。
「なんで、好きなの」
「だってトウコ、今、妖精みたいだもん」
ふわふわの癖毛で、昔読んだ絵本に出てきた森の妖精さん。
そう言って、Nはまた髪にキスしてきた。しかもちゅぅ、っとわざとリップ音までたてて。
「Nっ……」
「ふふっ」
少しだけ首をかしげ、彼はふわりと笑った。
「トウコの髪も、トウコも、だーいすき、愛してる」
雨はまだ止まないし、
私の髪は広がってボサボサのまま。
でも何故だか、
ちょっとだけ、髪も雨も、好きになれた気がした。
私は癖毛大好きです