「僕は、観覧車が大好きなんだ。あの円運動……力学……美しい数式の集まり」
「ごめん、難しすぎて私の頭じゃ理解できない」
「……まあいいや、」
プラズマ団を追ってやって来たライモンシティの観覧車。何故か私はNと観覧車に乗ることになってしまった。
(そういや、観覧車なんて初めてだよなぁ)
トウヤが乗ったらビビるだろうな、と内心笑いながら、小さくなっていく景色を見ていると、
「最初に言っておくよ。僕がプラズマ団の王様」
向かいに座ったNの、いつもとは違う、真剣な低音が狭い室内に響いた。
「……だから、プラズマ団の言うことと、貴方の言うことがマッチしてた訳ね」
「……ゲーチスに請われ、一緒にポケモンを救うんだよ」
「へぇ……美しい理想だこと」
美しい、理想に溢れた、汚れなき世界。
解放され、白黒はっきりつけられた世界。
「……トウコ、聞いてるかい?」
私はいつの間にか、黙ってNを見つめていたらしい。
Nは少しだけ、頬を染め、慌ただしく蒼い目をキョロキョロさせている。
「……あはっ」
「?」
「……滑稽だね」
「なんだって?」
Nの眼が、途端に焦りの色に染まる。
「貴方の言うこと、詭弁にも程がある」
「……何故」
「ずっと昔から、私達が生まれるずっと昔から、世界はポケモンと人が共に造り上げてきたんだよ?」
「そんなの、ポケモンを道具のように扱ってきただけじゃないのかい?」
段々近づいてきた地上。
Nの顔が、曇っている。
「ただ道具のように扱ってこられたなら、ポケモンも反乱するんじゃない?人間よりも、利口な彼らならそうするはずよ」
「……」
「多分、貴方がしようとしてるのは、ただただポケモンを解放するだけじゃない」
「……どうして、」
「世界の理を、壊そうとしている。人とポケモンの共存が生んだ、この世界を、理を」
「違う、違う違うっ!」
ガタン、と観覧車が揺れた。
もうすぐでこの息苦しい空間から解放されるはずだったのに、地上スレスレで止まってしまったようだ。
「……止まっちゃった」
「……僕は、」
Nは戸惑いを隠せないのか。俯いて、目を合わせようとしてくれない。
なんか、自分を貫けなかった、子供のような、そんな姿。
「怒ってる?」
「……」
「でも、貴方が悪いのよ?」
「え?」
「いつも、私の話、聞いてくれないから」
だから、二人きりになった今だからこそ、全部知ってほしかった。
それは、貴方も同じなんじゃないの?なんて、自惚れか。
「……ちょっと言い過ぎたけど、これが私の考えなの。貫きたい信念なの。貴方がポケモンを解放したいと願うように、私も共存したいと願ってるの」
「……そうか」
少しだけ、微笑んてくれた。
ガタン、とまた観覧車が揺れた。
どうやら、動いてくれたようだ。
私達は、観覧車から降り、向かい合わせに立った。
後ろに、プラズマ団のしたっぱが駆け寄ってくる姿が見えた。
「N様!ご無事ですか!?」
「問題ない」
Nのその姿は、いかにも、悪のボスを彷彿させた。
だが、どこか、慈愛に満ちた、そんな感じだ。
「……この感じは、バトルかしら」
ビリビリと、何かがNから伝わってきた。
互いの信念を賭けた、このバトルは、嫌いじゃない。
「僕の考え、理解してもらえなかったのは、残念だったよ」
だが、とNはボールを取り出しながら付け足す。
「君の考え、もっと知りたいなぁ……」
その時のNは、なんだか好奇心に満ち溢れた、少年のようだった。
そんなNが、
こんなにも大きくて、いないと苦しくなる、
空気のような存在になろうとは、
到底、知り得ないこと。