眠れない夜は
しぱしぱ。
暗闇で長い金色の睫毛が上下する。
(ねむれない……)
迎えに来てくれた兄と共にこの船に乗って数週間。なれない揺れと見知らぬ大人達に囲まれた環境で、なかなか寝付けない日々が続いていた。
(おへや、ひろいなぁ)
与えられた部屋は幼いギルには十分過ぎる広さで、即席で用意されたそこで、またしても自身には大きすぎるベッドの上で小さく身体を丸める。あれ以来仕舞い方がわからず出しっぱなしの尻尾をいじいじと弄ってみたが、状況は変わらない。
(にぃに、まだおきてるかな)
もふっと、大人用の枕を抱え、部屋を出ようとするが、両手で枕を抱えた状態では扉を開けることができないことに気づく。
1度枕を足元に置き、爪先立ちでなんとか取っ手を引いた。
ぴょこっと耳を立たせ、誰もいないことを確かめて外に出る。
この船に子供用の服などあるわけもないので、ナースから借りた1番サイズの小さいTシャツをワンピースの様に着ているが、それでも裾が床についてしまい、時々つんのめりながら暗い廊下を進む。
そろそろと音を立てないように歩き、兄であるマルコの部屋の前までたどり着いたが、なかなかそれ以上踏み出すことができない。
カリカリと何かを書くような音が中から聞こえてくるため、起きてはいるのだろうが、果たしてこんな時間に部屋を訪れて迷惑ではないだろうか。
ただでさえ隊長という責任ある立場にあり、今だって何か仕事をしているかもしれないのに、何か特別な用事があるわけでもないのにここまで来てしまったことを後悔する。
ただ、何となく、寂しかっただけなのだ。
ギルの耳と尻尾が、みるみるうちに垂れ下がる。
どうしよう、引き返そうか。寂しいのも眠れないのも、自分が我慢すればいい話なのだ。毛布に包まり、眼をつぶっていれば知らぬ内に眠っているだろう。
しかし、それでも……
「入らないのかい?」
真上から聞こえてきた声に俯いていた顔をあげると、扉を開けた兄が小さく微笑んでいた。
「あ、ぼく……」
言い訳をする間もなく、その大きな両手で軽々と抱き上げられ、中に入る。腕の中に抱えられたまま辺りを見回すと、机の上に、湯気の立つマグカップと眼鏡、数枚の書類と羽ペンが置いてあった。
(やっぱり、おしごとしてたんだ)
邪魔してしまったんじゃないかと不安になっていると、優しく頭を撫でられた。
「余計なこと考えてるねい。変な気は使わずに、お前は自由に入ってきていいんだよい」
そっとベッドに降ろされ、毛布をかけられる。
「でも、にぃはおしごと……」
そう言って見上げると、なんだか困ったような顔をされる。
毛布の上からポンポンと優しく叩かれ、うとうとと瞼が落ちてきた。さっきまでは、少しも眠くなかったというのに。
「にぃ……」
襲ってくる眠気に逆らえず、ギルは背中に心地よいテンポを感じながら眠りに落ちた。
「そもそも、これくらいの子供に1人で眠れって言う方がおかしな話だったかもしれないねい」
すぅすぅと心地よさそうに眠る弟の頬を撫でながら、マルコは呟いた。
この船に子供の扱いに慣れている者などいるはずもなく、マルコ自身もいきなりできた幼い弟にどう接すればよいのか、正直手探り状態だった。
(弟に気を使わせるなんて、兄貴失格だない)
安心しきった様子で眠るギルを見ていると頬が緩む。
もう少し大きくなるまで、1人で眠らせるのはやめにしようと心に決めるが、如何せん自分には隊長として処理すべき書類が山ほどある。仕事が夜中まで続く時は、明かりを点けっぱなしにした部屋で眠らせることになる。それに自分が仕事をしていては、この幼い弟はまた子供らしからぬ気を使うのが目に見えている。
(夜まで仕事がなくて、ギルが懐いていて、安心して眠れる場所……)
そこまで考え、妙案を思いついたマルコは、ギルを腕の中に抱え、そのまま自身も眠りについた。
後日、白ひげを起こしに来たナースが、その大きなお腹の上で抱きつくようにして眠るギルの姿を目にしたとか。
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あとがき
トト●の上で眠るメ●ちゃんみたいに親父の上で眠ってたらかわいいな、と思ったので。
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