調査中の壹と遭遇



あ、またいる。

最近会社帰りの横断歩道のとこでよく見かける黒服の男の人。
ただの黒服だけならこんな人通り多いとこで目立ちはしないけど、綺麗な顔立ちが特徴的だった。
そしてそれ以上に不思議な雰囲気が私の興味を誘った。

まぁ、毎日帰宅ラッシュのこの時間に何もせずにただ突っ立ってる人から不思議な雰囲気が漂わないわけがないんだけど。

好奇心は、人並みかそれ以上。
黒服の彼に対しても好奇心は働いた。

今日は無意識に引かれるように少し後ろに立って眺める。
細いなぁ。
背高いなぁ。


「わっ」


ドン

横を通ったサラリーマンの鞄が私の腰に当たって、すっかり気が黒服の彼にもってかれてた私は前によろめいて、不運にも前にいた彼にぶつかった。
彼がゆっくりと振り返る。


「ご、ごめんなさい!」

「いえ」


分かるか分からないぐらいほんのわずかに笑みを浮かべてまた前へ向き直った。
初めて近くで見た顔はやっぱり綺麗だった。
もうちょっとみてたかった。

その場から微動だにする事のない彼の後ろで私もまた、微動だにする事なく点滅する青信号を無視した。


「はぁ」


少し考えれば自分のおかしさに気づいた。
一体何してるんだろう、私。
ため息をつきながらうつむいた。

あ、

目にとまったのは黒いハンカチ。
目の前の彼と私の間に落ちていた。

これは多分、いやきっと黒い彼のものだと思った。
そのハンカチに手を伸ばしながら、なんだか喜んでいる自分に気づいて恥ずかしくなった。
下心ありすぎ。

でも拾ってしまったからには、渡さないわけにはいかずに躊躇いつつも声をだした。

「あの…」


気づいていない、もしくは自分と思ってない。
どうしよう。
もう一度ハンカチを見て、今度は背中をトントンと叩いた。


「…」

「これ…」

「あぁ、ありがと…」

「…」

「?」


彼の顔に見とれていた私は、彼が首を傾げて初めてハンカチを掴んだままだと気づいた。


「すみません」


急いで腕を引っ込めるものの、彼の目から目が離せない。
一体どんな人なんだろう。
どんどん興味だけが脳内を支配していく。


「あの、」


顔だけ向いていた彼が体ごと私の方に向き直った。
つい言葉を発したけど、それは反射的に出た言葉で、自分でも予想外だった。


「…」


当然次の言葉もすぐに用意できるはずもなく、つい目を泳がせてしまう。


「そうだな…質問は5つまでいいよ」

「え」

「質問、何か聞きたいんでしょう?」


心を読まれたのかと思った。
そんなに顔に出てるのかと恥ずかしくなる。


「…」

「ん?」


私の顔よりもっと高い位置にある彼の顔が覗き込んで来たとき、私の頭の中にある彼への興味以外の全てが吹き飛んだ。


「な、名前は…なんて」

「壹」

「い、壹さん…」

「そう」

「ここに、毎日居るんですか?」

「そう」

「何故ですか?」

「人を待ってる」

「彼女…とか?」

「違う」

「彼女とか、い、居ないんですか?」


ああ、私は何を聞いているんだ。
つい口から出てしまった質問の答えを待つ一瞬がとても長く感じた。


「いない」


ほっとしている自分に気づく。


「明日もここに来ますか?」

「それ、6つめ」

「あっ」


咄嗟に口を手で覆う。
何故だかとても悪いことをした気分になった。

そして彼にした5つの質問のくだらなさに恥ずかしくなって、今すぐここを去ろうと思った。


「…」


腕を掴まれて前に進めなかった。


「えっと…」

「明日、」

「え?」

「明日ここに来たらまた質問させてあげる」

「…はい」

「じゃーね、また明日」

「また…明日」


初めて見た壹さんの表情にびくりとして膝に力が入った。
企んだ様な、不気味さをも含む笑顔を見て今までの表情が全て無機質だったと実感する。


"それじゃあ"と言って私は彼に背を向けた。
今日初めて目の当たりにした彼の不気味さに惹かれた私はきっと変態にちがいないと思う。



11/06/07/



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