「ねぇ、なまえ聞いて聞いて」

「何?」

「内緒だよ。もうこれ超極秘だから」

「うん」

「ブラック部長帰るらしいよ」

「どこに?家?」


言ってる意味がわからなくて、適当に言ってみた。


「イギリスに」

「え」

「ブラック部長、イギリスに帰るらしいの」

「…う、そ…」


それは突然だった。


「なんか、向こうで今度は課長としてやってくらしいよ」

「…」

「これ、私の憶測だけど、そのつもりで来たのかなと思って。転勤早すぎるし」

「…」

「初めからイギリスで課長になるまでの一時通過地点としてこっちに来たんじゃないかって思うの……聞いてる?」

「あ、うん」

「大丈夫?」

「大丈夫大丈夫、それ本当?」

「うちの課長に聞いた」

「なんで課長…」

「え、何でって…まぁ課長と私そういうあれなんだ」


言葉を濁した同僚の言い方で何となく察した。
気になる内容ではあるけど、今はそんなことはどうでもいい。


「大丈夫、なまえが降格することなんてないって聞いたから」

「そっか、よかった」


全然よくない。

私は彼から何も聞いてない。
ということは、やっぱり何かの間違いかもしれない。

そうであって欲しかった。


「レギュラスさん」


いつものようにエレベーターの中二人きりになった私達は、手をつないでいた。
二人きりの時はお互いを名前で呼ぶようになった。


「イギリスに帰るんですか?」


間違いだということを確認するために聞いた。


「…っ」

「え」


"そんな訳ないじゃないですか"
そう言ってまたキスをしてくれると思った。
でも私が想像していた反応はまったく違った。
恐る恐る彼の顔を見ると、彼は困惑した表情を浮かべている。

何故だか私はそこで瞬時に悟った。


「帰るんですね、イギリスに」


今度は事実を確認するためにゆっくりと聞いた。


「誰からそれを…」

「そんなことはどうでもいいじゃないですか」

「…」

「部長は分かってたんですね、イギリスに帰ること」

「…はい」

「でも黙ってたんですね」

「それはっ」

「いいんです、」


握っていた手を解いた。


「もう、いいんです」

「なまえさん、聞いてください」

「聞きたくないです。せめて…」


エレベーターがもうすぐで1階に着く。


「せめてあなたの口から聞きたかった」

「なまえさん、」


私を引き留めようと、掴んできた腕に一瞬心が揺らいだけど私はその手を振り払う。


「お疲れ様でした。ブラック部長」

「なまえさん!」


"ブラック部長"とわざとらしく呼んだ私の声はきっと震えていた。
開いた扉から飛び出し、しばらく早足で進んでから立ち止まった。

携帯電話が鳴る。
何となく予想がついたけど、画面を見ると最近表示名を変更した"レギュラスさん"の文字。
私はまたこぼれそうになった涙を抑えるように唇を噛んで電話を切ってカバンにしまった。

しかしまたすぐ鳴り出した携帯を取り出し、今度は電源を切った。



11/05/08/




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