会社のエレベーターに乗って、扉が閉まりそうな時、誰かが早足で来る音がした。
私は急いで"開"のボタンを押す。


「すみません」

「あっ」


乗ってきたのはブラック部長だった。
私の予定だったらこんなに早く会う予定じゃなかったから心の用意もできてなくて思わず声が漏れた。


「おはようございます、風邪治ってよかったです」

「お陰様で。ありがとうございました」


挨拶を交わしたら、ブラック部長は私の少し前に背中を向けて立ったまま何も話さなかった。
ゆっくり扉が閉まって閉鎖的空間に二人。
昨日から朝までずっと考えていたこと、話さなきゃいけない。


「部長…昨日のことなんですが」

「なかったことにしてください」


言葉を遮られた言葉に息が詰まった。


「部長、」

「ごめんなさい、あんな事言ってしまって。忘れてくださ」


目も合わせずに、顔も見ずに言ったブラック部長の背中に抱きついた。
私の目から溢れそうな涙を押さえるためにそっと顔をあてた。


「私も、好きなんです」

「…」


仕事が全てじゃない。
私はブラック部長の部下である前に、"私"だから。


「忘れろなんて言われても忘れられません」


素直になってみれば、私がブラック部長の事が好きだって気持ちに気づくのは驚くほど早かった。


「好き、なんです」


呟くように言った言葉と同時に部長が体ごと振り返った。
視界がぼやけるくらい涙が溜まった目を見られまいと下を向いていると、そっと部長の手が私に触れてそのまま上を向かされる。


「なまえさん」


何回目かの名前を呼ばれた。
返事代わりにまばたきをすると溜まっていた涙は流れてしまった。
涙が流れると視界が鮮明になってブラック部長の瞳にとらわれる。

もう片方の手で涙を拭われて、目をつぶればそのまま唇にブラック部長を感じた。

エレベーターの扉がいつまでも開かなければいい。

唇が離れた後、私は初めてブラック部長の名前を呼んだ。





二人の暗黙の了解で周りには私たちの関係は絶対に知られないようにしていた。


「ねぇなまえ、最近部長と仕事してないの」

「は、何で?」

「前はもっとちょくちょく執務室に呼ばれてたし、もっと話してたから」

「気のせいじゃない?みんなが、見かけないだけで話してるよ」


みんなのいない所で。


目が合うと、誰にも気付かれないようにそっとほほえみ合った。
わざとみんなと帰る時間をずらして、2人きりでエレベーターに乗って手を繋いだ。
執務室でこっそりキスをした。


学生の頃みたいな恋なんてもう二度としないだろうし、しなくていいなんて考えていた私が、今の私を見たら一体どんな顔をするだろう。

確実にいい顔はしないだろうし、今でも少しいけない事をしている気がして罪悪感が沸いたりもする。

それでも止めようなんて考えられないほど、お互いがお互いに没頭していた。


ただ、先なんて見ないで、久しぶりに純粋な恋をしてもいい、そう思っていた、

その時は。



11/05/04/




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