Logic×赤褐色 企画 まぐろ作



 ベランダ。隣のからの打撃音で目が覚めた。

「もう・・・なんなのよ・・・」

 学校から帰ってきて疲れてるっていうのに、毎日毎日隣人は騒々しい。ひどいときには夜中に友達を連れ込んでぎゃーぎゃー騒いでることもある。その友人らも毎回沸くように現れるから困ったものだ。



 彼が越してきてから半年が経とうとしている。

 向こうからあいさつに来たときは「とっつきやすくていい人そうだなー」と好印象だったのに、一週間経った辺りからさあどうであろう。昼夜問わず破裂音や叫び声、かと思ったら急に人の気配がなくなる。はじめは何か起きたのかと慌ててチャイムを鳴らしにいったものだ。お騒がせしてすみませんと謝罪をされ、そのまま帰されたのだけど。でも彼がへこへこと頭を下げているその向こう、リビングのドアの陰から彼の友人と思しき人が三人じっとこちらを伺っていたのは正直怖かった。いつ来たんだ。

 そんな昔のことを思い出し頭が痛くなるのを感じる。このまま無視してもいいだろうか。でも泥棒とかだったら怖いな。


「確認だけ・・・」

 けだるい体を持ち上げ、暗い部屋を進んで窓を開けた。



 初秋の冷えた風が身にしみる。少し肩をこわばらせながら、問題のお隣さんの部屋の方に目を向けた。


「・・・・・・は?」

 いや、きっと暗いからだ。暗いからそう見えるだけだよきっと。避難用の扉に大穴が開いてるだけでなく、そこからお隣さんが上半身をこっちにはみ出させてるなんて。


 だらんとして動かないけど・・・。え、死んでる?

 さっと血の気が引き、裸足でそこに駆け寄った。


「だ、大丈夫ですか!?」

 肩を揺らす。見たところ大きな怪我はないみたいだけど、柔らかいとは言えない扉を突き破ってるんだから、もしかしたら頭を強く打ってるかもしれない。

「どうしよう」

 救急車を呼ぶべきか、引っこ抜くべきか、押し込むべきか悩んでいると、目の前の人は低くうなり声を上げた。はっとして顔を覗き込む。


「ポッターさん、大丈夫ですか?」

「うー・・・」

 癖毛をがしがしと掻いて、ポッターさんはそうであるはずはないが、まぶしそうに目を細めながら顔を上げた。なぜが頬が赤くはれ上がってるという理由以外になんだか違和感があると思ったら、いつもかけている眼鏡がないんだ。きょろきょろと周りを見渡す。ひびの入った眼鏡が私の部屋のベランダの真反対に転がっているのが見えた。すごい勢いだったらしい。


 とりあえずそれを拾って渡してやると、ポッターさんはうなるようにお礼を言って彼以上にぼろぼろの眼鏡をかけた。はしばみ色の瞳が右に左に動いて、最後に私を捉えた。

「大丈夫ですか?」

 今一度聞いてみる。

「大丈夫だよ。けど・・・」

「抜けないんですか?」

「うん」

 すっぽりとはまっている体を腕を立てて引っこ抜こうと励む彼だけど、どうも抜けそうにない。


「手伝いましょうか?」

 手を伸ばそうとすると、ポッターさんはびしっと手のひらを突きつけてきた。


「ありがたいけど、できれば治療の道具を準備してくれたら嬉しいな」

「あ、はい。わかりました・・・」

 それもそうかと頷き、慌てて部屋に戻った。


 いざというときのために取りやすい位置に救急箱を置いていてよかった。時間をかけずに箱を見つけ、それを抱えてすぐにベランダに戻り・・・唖然とした。ポッターさんはこちら側に平然と立っていたのだ。相変わらず眼鏡は割れ、頬は腫れているけど。


 ・・・まあ、何かコツを掴んだんだろうな。


 特に何もつっこまず、抜けてよかったですねとだけ告げた。

「傷、消毒しましょうか?」


「あ・・・・・・うん。よろしく頼もうかな」

 微妙な間が気になるけど、彼の無垢な笑顔に何かあるとは思えない。


「じゃあ中にどうぞ」

 救急箱、ベランダまで持って来る必要なかったな。

 ポッターさんを引き連れて部屋に戻る。直前にもう一度彼が突き刺さっていた場所を振り返ると、やっぱり無残にも大穴が開いていた。




「どうしたんですか?あんなことになってるなんて。あと頬っぺたも」

 擦り傷に消毒液を当てながら訊いてみる。

 ポッターさんは言葉を濁し、もごもごと口ごもりながら答えた。訊かれないことなどないとは予測してただろうに。


「・・・頬は、友達1のお菓子を勝手に食べたら本気で殴られた」

「は?」

「刺さってたのは、僕の発言が友達2の逆鱗に触れたらしく、ベランダに突き出されてそのままドカン」

「・・・、なかなか刺激的なお友達ですね」


 それ本当に友達かよ。

「逆鱗って、何言ったんですか?」

 ドア突き破るって、常人なら天国に直行すると思うんだけど。

 ポッターさんはわざとらしく自分の口をふさいだ。

「放送禁止用語ー」

「・・・さいですか」

 あなたも刺激的ですね。
 もう何も聞くまいと口を閉ざし、目の前の擦り傷に集中した。




 絆創膏をはりつけ、やっと一仕事を終える。

 頬は数日経てば治るだろうが、口の中がズタボロらしい。大丈夫かな・・・。


「夜遅くにありがとう。今度からは騒音も気をつけるよ」

「気づいてたなら最初からそうしてください」

 玄関に立ち、ポッターさんは冗談めかしてそういった。私としては眠れるか眠れないかというのは死活問題なんだけど。


「今度お礼させてよ。あ、明日も僕の友達くるけど、紹介しようか?」

「遠慮します」

 声を上げて笑った彼は、また食事にでもと言って、手を振りながら玄関から出て行った。もちろん裸足。

 ドアが閉まりきるまで見送り、私は速攻でベッドに飛び込んだ。

 明日も学校なのに。慌てて目を閉じる。


 そういえば鍵持ってたのかな。オートロックだから鍵がなかったらどうしようもないと思うんだけど。

 でもこっちに戻ってこないということは、無事中に入れたということだろう。




 早く眠ってしまわなければという使命感に燃えている意識の向こうで、バシリと空気のはじける音がした。





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