「ブラック、部長…」
「みょうじさんの自宅、ここじゃないですよね?」
「え、ええ」
多分、怒ってる。
怒ってるんだろうけど笑顔なのが尚怖い。
だって、だって、と言い訳をしたくなるけどそんな気持ちをぐっと抑えて押し黙った。
「はぁ…」
ため息をついたブラック部長はゆっくりと私に近づいて来た。
怖いのにブラック部長から目が離せない。
こちらにまっすぐ向かってくると思ったら、少し進路を変えて隣のデスクへ行き、そこからイスを私の隣まで引っ張ってきてブラック部長はそこに座った。
そして私に見向きもせず私のパソコンに向かって私の整理した資料に目を通しだした。
いままで上司に怒られたり、嫌味を言われたことはたくさんあったけど、何故だかレギュラス部長のため息たった一つが今までで一番響いた。
謝るべきなんだろうか。
時計の音だけが社内に響く。
パソコンから目をそらしもしないブラック部長の横にただじっと座って、とても居心地が悪い。
この状況を脱出するためにも私は口を開いた。
「部長、すみませんでした…っ」
「みょうじさん」
「…」
今まで向けられていたレギュラス部長の視線がいきなり自分に向けられてドキリとする。
「僕は、怒ってる訳じゃないんです」
「でも」
嘘だ、絶対怒ってた。
「ただ、分かって欲しい」
そう思ったけど言葉に変換される前にレギュラス部長にさえぎられた。
「僕はこき使うためにみょうじさんを秘書にしたんじゃない」
「部長…」
真剣な瞳にとらわれれば返す言葉も見つからないほど思考回路が絡まる。
ブラック部長との距離が少しずつ縮まる。
そのことだけはすんなりと脳内に吸収された。
「なまえさん」
「っ、」
ブラック部長の唇が私の名前を刻んだ。
まるで、目の前に居るのはいつものブラック部長じゃないみたいで、危険な事をしようとしているのはなんとなく分かっていたけど今はそんなのどうでもいい気がした。
思考回路のほぼ停止した頭で一生懸命考えても正常に働くはずもなく、考えることをやめた。
抵抗することも、目を閉じることもできずにただ距離を縮めていくブラック部長と視線を絡ませた。
全身の力が吸い取られていくような気がした。
突然、さっきから握っていた携帯が床に落ちて大げさなくらい音をたてた。
驚いて肩を揺らし、まばたきをすればボーっとしていた頭が急激に回転し出す。
「わ、私」
一体何をしているんだ。
自分の置かれていた状況も十分に理解できないまま急いで荷物をまとめた。
「みょうじさんっ」
「ごめんなさい。私、お先に失礼します」
呼び止められたのか、呼び止められなかったか。
それも分からないぐらいまた頭が混乱していた。
さっきまでの自分やブラック部長がまるで本人じゃなかった気がする。
何であんな事になったのか、何で抵抗しなかったのか、他にもいろいろな事を考えていたらいつの間にか会社から少し離れた自宅にたどり着いていた。
11/04/18
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